第33噺「覚醒の聲」
思えばあの頃は幸せだった。
いつも傍には父さんと母さんがいて、
その真ん中が私の特等席で。
父さんは昔から色んなことに短気で眉間に皺寄せてるから、
怖がられやすい父さんを理解できる人は母さんしかいなかったけど……
いつも、私と母さんにはとても優しかった。
そんな私は父さんっ子で、いつも傍に引っ付いて離れなかった。
父さんは炎でマシュマロを焼いてくれたり、
種も仕掛けもない本物の魔法を見せてくれたりして、
私はそんな父さんが自慢で憧れだった。
ある日、私に妹が出来た。
私が初めてお姉ちゃんになった日、私は母さんの手から妹を受け取り、初めてこの手で抱いた。
産まれたばかりの妹は本当に小さくて、
私の小指をきゅっと握った紅葉の様な小さな手は、
すぐ折れてしまいそうにか弱く、とても暖かかった。
私に出来た初めての妹……この小さな妹を守ろうと、
あの日幼いながらに心の中で誓った。
妹は母さんにソックリで、日だまりの様な優しい笑顔は母さんに瓜二つだった。
悪戯好きは誰に似たのか、二人で寝てる父さんのお腹にドスンと乗って起こしたり、
探検して迷子になったりもした。あの頃は本当に楽しかった、幸せだった。
しかし、その幸せは長くは続かなかった。
母さんが同級生に殺されたその日から、人生の歯車が狂いだした。
父さんは使い魔である自分が一番辛い筈なのに、私達に気を使って泣かずに笑っていた。
母さんが昔から言っていたのだ、「辛い時こそ笑うのよ、笑顔は人を幸せにするのだから」と。
しかし母さんが死んで束の間、父さんはサタンに殺されてしまった。
……何故だ?何故母さんが、父さんが死ななければならなかったんだ。
二人が何をしたというのだ。
幼かった私は何も出来なかった、家族を守れなかった。
けど成長した今は違う、私は今度こそ守ってみせる。
父さんが命を張って私達を守ったのだ、今度は私の番。
これ以上、私の家族を死なせてなるものか……絶対にッ!!
第33噺「覚醒の聲」セレネを救うべく炎を辺りに撒き散らしたレイは、
胞子を焼き尽くしたセレネを抱き起こす。
「セレネッ!!胞子は……良かった、炎で全て浄化出来た…ッ!?」
レイはホッとするも束の間……体の疼きが止まらなくなり、
体に電撃が走ったかの様な激痛に襲われた。
額の血管が浮き上がり、大粒の冷や汗が顎を伝って滴り落ちた。
レイはこれまでとは比べものにならない程の激痛に、歯を食い縛る。
これまで自身に流れている悪魔の血を否定しながら炎を使ってきたが、遂に限界に達したのだ。
「グッ…うぐゥウウッ……
ヴヴゥ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」―――……
「残念だな、君には一旦此処で死んでもらおう。
はてさて人間一人灰にするのにどの位かかるのか、ちゃんと時間を計っておかなければ」
「(殺されるッ…!!や……)」
『………あの野郎、俺のモノに手ェ出すなって忠告したのによォ……ちっとビビらせてやるか。
この俺を敵にまわす事がどういうことか、思い知らせてやる』そう言ってサタンはニヤリと嗤い、雪男の眼とシンクロする。
『「(やめろ)」』「ッ……!?」ゾクッ
††††††††††
―上空―
「ヒヒヒ、どうだ実にドラマチックな展開じゃないか。
敵の完全復活、親しい人間の命の危機!
おっとこのままでは危険だ、主を回収しなければ」
上空に浮かぶカウチソファの上から観覧していたメフィストは、
暴走するレイの傍で気絶していた主人をポンッ☆と瞬間移動させ、自身の膝に乗せ寄りかからせる。
「さぁどうする?小さな末の弟よ……そして、各シナリオが動き出した。
このショーの見物客はやはり“私だけではない”ようだな、クックック……」
「ん……メフィスト?」
「おや起きましたか、お怪我は……ありませんね。
あの中年覚えてろ、よくも私の主を「お姉ちゃんは?」……あそこですよ」
そう言って姉のいる方を指差すと、セレネは目を見開いて凝視した。
他の祓魔師が止めようとするも止まらず、炎をコントロール出来ず正気を失い、
獣の様な叫び声をあげながら不浄王の元へ向かっている姉の姿。
それにあちこちで頑張っている皆の姿が見える。
自分は一体何をしているのだ、皆が頑張っているのに何も助けられていない。
何の為の召喚能力だ、こんな時こそこの力をフル活用すべきだろう。
この力は何の為にある……?
大切なものを護る為だッ!!「“大気に潜む無尽の水、光を天に還し
形なす静寂を現せ!“雨童女””ッ!!」セレネが雨童女を喚ぶと、目の前に蕗の葉っぱを日傘変わりに持った着物の少女が現れる。
「〈あら、私を喚び出すなんて珍しいわね。御用は何かしら?〉」
「この状況を見たら解るでしょ?」
「〈………なるほど、そういうこと。
貴女のお願いならお安いご用だわ♪〉」
雨童女が少し上まで飛んだ所で、セレネは再び唱えだす。
「“生命をもたらしたる精霊よ、
祝福の雨の恵みあらん!
“雨降りの儀式(レーグネン リートゥス)””!!」
その言葉を合図に、雨童女は手に持っていた蕗の葉をじょうろで水を注ぐ様に大きく振った。
すると、上空から京都一帯にだけ雨が降り始める。
この雨は雨童女だけが降らせることの出来る、微弱だが浄化効果のある特殊な雨だ。
少しは足止めになるだろう。
「……主、あまり無理をしてはいけませんよ。
“雨降りの儀式”は自然の理に背く行為……悪魔を使役したとはいえ、普通の人間では到底出来ない。
自然に背く分、自分に跳ね返ってくるのだから。
いくら主でも体に負担がかかります」
「大丈夫だよ、僕何もしてなかったから体力は温存してる方だし。」
「……そんなこと言えるの貴女くらいですよ、
普通なら心臓麻痺だの何だの起きるんですがねぇ;」
メフィストは「本当に規格外な主だ」と苦笑いを浮かべ、
パチンと指を鳴らしてセレネのはだけた制服を元に戻す。
「あ、結界が…」
「やはり持たなかったな、さぁどうする?地獄の窯の蓋が開いたぞ」
そう言ってメフィストは肘掛けに頬杖をつき、地上の惨状を見下ろし眼を細める。
「怪物と戦う祓魔師達に、「善悪の彼岸」から言葉を贈ろう」
怪物と戦う者は、
自らが怪物と成らぬよう心せねばならない。
何故なら、お前が深淵を見つめる時、
深淵もまたお前を見つめ返すのだから。To be continued…
メフィストの「善悪の彼岸」解説↓
つまり、俗っぽく喩えるとこうだ。
B君は煙草を吸っているA君にこう言いました。
「A君、煙草は体に悪いんだよ。
だから吸うのは止めるべきだ」
「そんなこと言わずにさ、Bも吸ってみろや」
「え……じゃあ一本だけ。あ、意外に悪くない」
「だろ?これからは一緒に吸おうぜ」
「うん、そうしよう」
本当は、B君はA君(怪物)を説得(退治)するつもりだったのに、
結局はB君もA君と同じように“怪物”になってしまった。
つまりはB君がA君を説得しようと彼に関わっている時間は、
A君にとってもB君を説得することが出来る時間でもあるというわけだ。
相手を説得するつもりが、逆に自分が影響を受けてしまったというケースは、
現代においても珍しくも何ともない出来事ですからね。
皆さんも悪い人に影響されないように気をつけて下さいね!
終われ(^q^)