第24噺「お姉ちゃんは心配性」
レイside
思えば、初めから怪しいと思っていた。
―お初にお目もじ致しますご主人様、私の名はメフィスト・フェレス……以後お見知りおきを。―
まだ幼かった妹と契約して忠実な使い魔となり、暇さえあればベタベタ妹に引っ付いて甘やかし、自分好みの服を与えて自分好みに染まらせようとして……だから私は子供の頃から奴を敵と見做していた。こっちは妹が取られないか不安だというのに、更に居候の間男野郎が増えて……
「…………ハァ、どうしたものかな…」
私は無意識に眉間に寄ってしまう皺を指で解し、ほぼ毎朝広がっている妹のベッドの光景を見て、深い溜め息をついた。
第24噺「お姉ちゃんは心配性」小さい頃、こんなことがあった。
私は妹を夏祭りに連れていこうと思い、奴に浴衣の用意を頼んだことがある。本来なら私が全額負担で用意したかったところだが………まだ小学生だったので自分達だけでは浴衣を買えなかったのだ、察してほしい。
しかし、奴に頼んだのが間違いだった。
浴衣二着用意するだけなのに、「柄はもう少し優しい色合いで」だの、「帯締めはトンボ玉が良い」だの、「折角姉妹なのだから浴衣は白黒お揃いで」だのと懲り始め、終いの果てには「私も行く」と言い張る始末。
……………仕事はどうした仕事は。「変な虫が寄ってきたらどうするんです」とか「愛らしい少女が二人もいたら誘拐を企む者もいるかも」とか……喧しいったらありゃしない。そもそもまだ小学生なのだからナンパする変な虫なんて寄って来るわけがないし、私の身体能力を甘く見てもらっては困るぞ。変態がいれば私一人だけでも撃退出来る。
そう言っても聞かずにポンと書類の山を煙で何処かにやり、「さぁて行きましょうか☆」と言って此方を振り向いた時は流石に腹が立ってリモコン下駄風に履き物を跳ばして大人しくさせたが。
奴の妹に対する甘やかしっぷりは異常だ。いくら肉親が妹しかいない私でも、そこまで甘やかすことはない。暇さえあれば常に傍にいようとし、欲するものはなんでも与え、散々引っ付き愛で尽くす。
そんなだから……私は不安になってしまうのだ。
悪魔達から与えられる甘い蜜にどっぷりと浸かり、その心地良さに微睡んで、気がつけばもう深海の奥深く……なんて洒落にならないことを想像し、私は溜め息をつきながら帰路を急ぐ。
今日の藤堂逃走事件で帰るのが遅くなってしまった。現在の時刻は24:00ジャスト、流石に皆心配しているだろう。あの中年親父覚えてろ、お蔭でいらない残業も増えてしまったじゃないかこの野郎。
「へぇ、そりゃあ大変だったね」
「ホントだよ、あのサラリーマン顔の中年親父…………ッ!!」
突然後ろから聞き覚えのある声がして、私は驚いてバッと勢いよく振り返る。……しかしそこには誰もいない。どうやらストレスのせいでつい口に出していたようだ、オマケに返事までしてしまうとは……なんたる不覚。
「君も苦労してるねぇ、学生なのにこんな遅くまで働いて……ブラック企業じゃないのは分かってるけど酷いよね」
「………何処に隠れているの、藤堂」
「出ていったら腐属性になった私を燃やす気だろう?君のイフリートの炎で」
「………………」
気配を完全に消しているな、私は悪魔の気配を感じることが出来るのだが……元人間の藤堂は気配を読みにくい。
「今日、セレネちゃんに会ったよ」
「!!」
「相変わらずだねぇあの子は……悪役になった私の心情も理解してくれる。これだからあの子は私の様な悪魔寄りの志向の者に好かれるんだろうね」
「好かれては困ります、お引き取り下さい」
「ハハハ、酷いなぁ。そう急かないでくれよ」
「………雑談もいい加減にして下さい、私に何の用で
「君、不安なんだろう?」……ッ!!」
何に、と聞かなくても分かってしまう。
藤堂は妹のことを言っている……私が妹のことで不安になっていることを。私がピクリと反応すると、藤堂のクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「そりゃそうだよね、妹ちゃんが怪しい悪魔の上司と主従関係を結んで……」
「……部外者が口を出さないで下さい」
「地の王や腐の王にまで気に入られて……」
「喧しいんですよ……その口縫いましょうか?」
「おまけに何処から来たかも分からない悪魔の居候が出来て……」
「………煩い」「不安だよねぇ、心配になるよねぇ………だって彼女は、君に残された
たった一人の家族なんだから」「黙れッ!!!」「ハハハッ!敬語じゃなくなったね。結構ストレス溜まってるんじゃないかい?周りに悪魔ばかり寄って来るから、妹ちゃんに何かあったらと心配しすぎて過保護になってるだろう?最近は“今日誰と会ったか”を毎日必ず聞いてるくらいだから」
「お前も寄って来る悪魔の一人じゃないかッ!さっきから行ってるでしょう部外者が突っ込むなとッ!!」
「君って結構奥村君と似てるよね、そういう所。流石熟年夫婦といったところかな?」
「黙れって言ってるでしょうこの中年がッ!!」
「感情が昂ると自分の血が騒ぐのを感じたことはないかい?……今の様に」
「!?」
何故だ、何故コイツは知っている?
自分の感情が昂る程、私の中に流れている悪魔の血がザワザワと騒ぐ……それを誰にも話したこと無いのに、コイツは今私の体の状況を当ててみせた。
「図星みたいだねぇ、でもそんなに悩むくらいならその血に身を任せた方が楽なんじゃないかい?今よりも力を得られて妹ちゃんを護りやすいと…「さっきからゴチャゴチャと……
煩いって言ってるでしょうッ!!」……ッ!!」
そう怒鳴りながら、私は感情的になって広範囲に炎を出す。すると藤堂は油断したのだろう、焦った様な声が聞こえてきた。多分炎が当たったのだと思われる。
「少し、遊びすぎたみたいだね……今日はこの辺で失礼するよ」
「…………二度と私の前に出てくるな」
藤堂が去ったのを感じ落ち着いてきて、私は漸く今自分がしたことに驚いた。普段ならこんな風に炎を出したりしないのに……藤堂が私が嫌がる事ばかり言ってきたせいで感情的になってしまった。
……駄目だ、もっと冷静にならなくては。
燐のことで雪男も精神的に参っているのに、私がこんなでどうする。
「もっと…しっかりしなくちゃ」
両親が唯一遺してくれた、たった一つの形見である妹を護る為にも……私はしっかり者の姉でいなくては。
To be continued…