番外編「トリックスターは語りだす」
「ネイガウスの奴、余計な事を……………ソコで見てないで出てきたらどうだ?ロキ」
「アハハ、やっぱりサマエル様にはお見通しかぁ」
現在の時刻は夜の九時、志摩達がリアル胆試しをしている頃。地下室と一階の間にある、天井裏の様なスペースで主人の様子を見ていたメフィストは、自身の影から水面の様にパシャンと出てきた自分の眷属、ロキを見て溜め息をつく。
「相変わらずホラー映画の様な登場の仕方をするなお前は、影の中は窮屈だと言っていなかったか?」
「窮屈だけど結構便利なんだよねぇコレ」
そう言ってメフィストの隣に座り、一緒に下を覗きこむ。下の地下室では、セレネとネイガウスが話し込んでいる最中だ。セレネの「独りになるのが怖い」という言葉を聞き、メフィストはロキに問いかける。
「…………お前、あの姉妹の魂を異世界にいる前世の頃から見てきたんだろう?セレネが“独りになるのを恐れる理由”を知っているんじゃないのか。」
「あぁそれは………まぁあんなに早死に繰り返してたらそうなるよね。」
「早死にだと……?」
「うん、あの子はどの世界に生まれても……どんなに大切な仲間が出来ても、何故か皆より先に死んでしまうんだ。」
「なんでかは分からないけどね」と言いながら、ロキは苦笑いする。
「知っての通り、僕は物質界から別の世界へ自由放浪と旅をしていた。悪魔の途轍もない寿命は長すぎて、何か夢中になれる面白いものはないかと探していたんだ。そんな時に、あの姉妹を見つけたんだよ」
最初にロキが見つけた時、彼女達は双子の姉妹だった。その世界は勇者と魔物のいる、ゲームでいうRPGの様な世界。
何者にも染まらず、我が道を行くといった感じの凛とした姉。憎むという感情が無く、善も悪も平等に接し全てを受け入れる妹。
全く正反対な性格をしているのに、何故か二人は気が合いいつも仲が良かった。
彼女達は不思議なことに、人の運命を無意識に変える事が出来た。本来なら死んでいただろうと明らかに分かる者を姉が生かせたり、刺々しかった敵を妹が丸くさせたりとあり得ない事を起こしていき、ロキは新しい玩具を手に入れた子供の様に喜んだ。
しかし彼女達の喜劇は呆気なく幕を閉じた。
この世界の魔王は穏和で人間と仲が良かったのだが、魔王とは真逆で残虐な性格の駄目息子である魔王子は、国王と魔王の文通の専属配達人をしていた妹を甚く気に入り、求婚したが玉砕。逆ギレして妹をその場で絞め殺した。
…………まさに外道である。
そのあまりの外道っぷりに魔王は怒り息子を死刑にしたが、殺したところで妹が生き返ることはない。姉は酷く悲しみ、他に交流のあった者も涙した。
「あーあ、折角面白いものを見つけたと思ったのに。あの駄目息子のせいで楽しい物語が台無しだよ」
やはり人間は脆い、少し力を入れただけでこれだ。ロキは姉の人生を見届けた後、元々もう少し滞在しようと思っていたこの世界を後にしようとした。妹の件で気が削がれたからである。
ふと空を見上げると、姉の魂が待っていた妹の魂と共に天へ昇っていくのが見えた。
魂、世間一般ではオーブと呼ばれる白いぼんやりとした球体、人間の核の部分だ。これに人間が地上で経験してきたものが様々な色の線となり、メビウスの輪の様に魂が纏って幻想的な美しいものとなる。
何故人間は地上で生まれ育ち天に昇り、また生まれ変わりを繰り返すのかというと、それは地上で経験を積む為である。
人間が信じている天国という所は存在する、天国はどの異世界にも繋がっており、生き物の終着点……謂わば桃源郷だ。神なんて見たことないがそういう特別な存在がいることはなんとなく分かる、地上(此方)には基本ノータッチだが。まぁ簡単に言えばマンション等の管理人の様なものだ、桃源郷を管理している。悪魔以外の生き物、例えば人間は天国に永住することが可能だ。しかし最初の段階ではそれは許されない。
考えてみてくれ、まだ人生を知らない生まれたての人間を桃源郷に住まわせていったらどうなる?寛容さとかおつむとか色んなものが足りなすぎて醜い争いを起こすに決まっている。君がもし神の様な立場だったら絶対そんな奴ら住まわせないだろう?桃源郷という平和な場所が戦争なんて起きたら桃源郷なんかじゃなくなる。
ロキは画面の外から見ている観客者に説明するかの様にそう言い、「まぁ僕キリ〇トとかそんなめんどくさいもの信じない無宗教だけどさ」と誤解されないように付け足し、「そもそも悪魔に宗教とかないだろう」とメフィストがツッコミを入れる。
「天国に行ったことはないが、異世界と繋がっているのなら見てみたいものだな。歴代の勇者や果ては何処ぞの魔法少女まで色んなものが住んでいたらシュールな光景だと思わんか?」
「確かにそうだね、ていうかサマエル様なら魔法少女がいたらサイン貰いに行くよね絶対。」
「当たり前だ、セーラー〇ーンやサ〇ーがいるのなら是非本物に会いたいッ!!」
「なんで一昔前の少女アニメなの、ま〇マギとかプ〇キュアとかなんかあるでしょ」
「彼女達はまだ平成っ子だ、ゆとり世代と言われるくらいならまだ経験が浅い可能性がある」
「いや敢えてゆとり世代を経験する為に生まれたかもじゃん、ていうか話脱線してるから話戻すよ?」
簡単に例えると、人間は天使の卵だ。
平和な場所に住む為には経験という資格が必要なので、人間は地上で生まれ変わりを繰り返し、様々な立場に生まれることによって学んでいき、全てを悟った時に漸く桃源郷に住めるようになるのだ。
彼女達姉妹もその経験を積む真っ最中なのだろう、天へ昇って逝くのを見てロキは後を追ってみた。いつもは深追いせず別世界に移動するのだが、あの姉妹を気に入っていたので次は何に生まれ変わるのか気になって様子を見ていた。
しかし、そこで彼は驚きの光景を目にした。
普通生き物は自分のいた世界以外の異世界へは転生せず、その世界で輪廻を繰り返すのだ。まぁ稀に別の世界で生まれる者もいるが。彼女達は別の世界へ生まれ落ちていったのである。
稀にあることなので、その時は紛れかと思った。
しかし彼女達は彼の予想を越えていた、殆ど毎回死ぬ度に異世界へ移動しているのである。
ある時は兄弟で生まれ、体が弱かった弟は当時流行っていた不治の病で死亡。またある時は少女と雪豹という異色なコンビ、珍しいことで有名な雪豹は金持ちに狙われ催眠ガスで意識を失い、その間に邪魔な少女を殺すというbadend。
「オーラを能力とする世界では友達同士だったけど、妹ちゃんは恋人がいたにも関わらず結婚も出来ずに死亡。波紋世界では何度かその世界で生まれ変わったけど……その世界ではお人好し過ぎて、仲間が出来てもやっぱり皆より先に死んでいった。
どの世界でも何故か二人は一緒だったよ、まるで二人で一つというように。多分僕が見つける前の前世で何か途轍もないことあって、その無念で一緒にいるようになったんじゃないかなと僕は思うんだ。二人が平和に暮らせる世界を求めて。」
「…………何故セレネがそんなに早死にするのか分からんが、確かにそこまで早死にすればトラウマにもなるだろうな。マトモに人間の寿命で人生を終えたことはないのか?」
「残念ながら無いよ。姉の方はちゃんと最後まで生きて着々と経験を積んでいってるけど、性格もあるんだろうけど妹は若くに死にすぎた。そのせいで、今回の現世では少し影響が出たみたいだね。」
何故自分は仲間より先に死ぬのか。
いつも誰もいない空で独り待つのは辛くて寂しくて、地上で皆が年をとっていくのをずっと見てきた。妹は現世でそれを無意識に覚えているのか、一人になるのを極端に嫌う。まぁ妹は善も悪も、光も闇も平等に接するので、この世界の悪魔達の様に悪役から好かれて一人になることはないのだが。
「お前が急にこの世界に帰ってきた時は驚いたが、あの姉妹を追ってきただけか。ストーカーのレベルを越えているぞ」
「それを言うならサマエル様こそ人のこと言えないよ。正式に契約してまで自分と同じくらいの寿命にしてこの世界に縛りつけるなんて。またあの子普通の寿命じゃ死ねないじゃん、まぁ初の長生きだけどさぁ……体止まってるから子供のままだし。しかも家族揃って気に入るってどういうこと?今までこんなこと無かったよ。」
「そんなの知るか、父上達に聞け。この私をあんな小娘が喚び出したんだ、こんな面白いこと他にないだろう?体の時を止めたのは単に私の趣味だ、子供が時の王であるこの私を喚び出すという異端さが気に入った」
「まぁそれは……確かに面白いけど。もし別の世界で赤い糸で繋がっていた男が、この世界で生まれ変わって接触したらどうするの?見守ってあげるの?」
「見守る……?クハハッ!!何を馬鹿な!!私は悪魔だぞ?」
欲しいものは奪うに決まっているじゃないか。「そんな赤い糸など私が斬ってやる」と悪どい笑みを浮かべるメフィストに、ロキは「ですよねー」と苦笑いをして、漸く地下室へやって来たサタンの息子を見下ろした。
To be continued…