10
土曜日、頭痛がひどい。この1ヶ月ずっと続いている。
苦しい、止まらない。何か冷たいものはないか。僕は1時間ごとに冷蔵庫を開ける。その後洗面室に行き、風呂を沸かし洗面所と風呂場の温度が上がるにつれ、湯気がたち洗面所を覆った。洗面所で顔を洗った後、自分の頭に激痛が走り、とっさに洗面所の湯気により曇った鏡に自分の手のひらをぶつけた。
曇った鏡に自分の手のひらの部分だけ、普通に映る部分ができ、手形が残った。その部分から自分の目の部分が見えた。獣のような、睨みつける自分の目が写っていた。
頭痛は止まらない。病院に行く。MRI検査の後、結果を医師から聞いた。
検査の結果、1ヶ月程入院のようだ。
入院
たまたま看護婦の一人が可愛くて、清楚で明るくいい娘だったから、僕は度々ナースコールで呼び出しては話をした。
そんな病院の夜にその看護婦の娘が入院患者の一人とセックスをしていて、その喘ぎ声が病棟に大きく響いていた。
横の患者が語りかけてきた。
「病気は?」
「ただの頭痛」
「あんた警察らしいな。3棟に但馬って爺さんが入院してるんだ、その爺さんも元警察官だったんだ、癌で治らないってさ。その爺さん物凄く
病院の厄介者らしくてな、暴れればてにつけられないって評判でな1度見舞いにいかねえか?」
「病人をからかうのは良くないよ」
「寂しそうだしいいじゃねえか」
但馬の爺さんが入院している3棟の病棟にきた。
そこにそいつと行ってみた。
「何や」爺さんは言う。
その顔はやつれていて、体も度重なる抗がん剤で見られる体じゃない。
「このじいさん身寄りがなくて大変なんだ、ここの病院の奴、この爺さんの話相手になってやるの礼儀になっててな。」
「まだ生きたいわ。せがれが生きとった頃は良かったわ」
そんな中、その入院しているベッドに立てかけている綺麗な絵を見つけた。
「これはあなたが?」
「そうやけど」
「わしは絵を書いとる。子供の頃美術コンクールで入選してからずっとや」
絵は、病棟からの窓から見える山々の風景画だった。
「わしは絵を書いとる時が一番好きや、自然は綺麗や、これは秋これは春や」
自分の書いた絵を見せてくれた。
「人間はこの自然の良さを解っとらん、自然はええ」
僕は1周間そのじいさんの所に通いつめては、思い出話を聞きに行った。
「女房と喧嘩して、ある日、寺にでも行くと心が落ち着いた。寺の賽銭入れの近くで体を休めると、決まって鳥の鳴き声と姿が見れる。
このうるさい町には珍しい時間や。
その近くに草にまみれた古い道があってな、興味を持ち、少し行ってみた。
道の横には無数の石で造られた仏像が並んでいてな、自然と一つになれそうで上ろうとしたんや、でも寺の坊さんがそこは危険やゆうて止められたんや・・・。その次の日も何度も寺にいって道を上ろうとしたけど無理やった。」じいさんは懐かしそうに語っていた。
そのおじいさんは僕の入院した半年後に癌のため亡くなった。
僕と知り合いで無念仏にならないよう葬儀をしてあげた。
この人への敬意を示したつもりだった。