第二次スーパーロボッコ大戦 EP45
「アイーシャのいる所が分かった!?」
「どこ!? 一体どこ!」
追浜基地に戻ると同時に聞かされた重大情報に、ソニックダイバー隊、特に音羽とエリーゼは色めき立つ。
「僚平、すぐにゼロの出撃準備!」
「バッハは動かせる!?」
「落ち着きなさい」
今にも飛び出していきそうな二人を瑛花が首根っこを掴んで止める。
「まあそうなるだろうとは思ってたよ。だが落ち着け。ユーティライネン中尉が言うには、取り敢えずはアイーシャは無事らしい」
「でも!」
知らせた冬后も顔をしかめながら、落ち着かない音羽をなだめようとする。
「アイーシャが失踪してから、かなりの日数が経過してます。昏睡から目覚めたばかりのアイーシャが無事という事は、JAMはアイーシャを保護に近い形で幽閉しているんじゃないかと………」
「どちらにしろ、アイーシャが自力で逃げられない状態ってのは確かね」
可憐の推論に、瑛花も付け足す。
「救出作戦は実行されるが、今どうやるかを上で議論中だ。作戦概要が決まったら即実行だ。準備しておけ」
「はい!」「ダンケ!」
冬后に勢いよく返事した所で、音羽とエリーゼは自機の調整をすべくハンガーへとすっ飛んでいく。
「話聞いてんのか、ありゃ………」
「流石にソニックダイバーでここからアメリカ湾岸までは飛べませんから、分は弁えているでしょう」
「だといいんですけど………」
冬后が呆れる中、瑛花と可憐も少し考え込む。
「ともあれ、準備は進めておかねえとな。他に暴走してる奴はいないと思うが」
「ちょっと待てって言ってるでしょう!」
「落ち着いてね、メイヴちゃん」
「誰か手貸して!」
「手じゃなくてもいい」
学園の臨時滑走路に使われている陸上トラック、そこで戦闘妖精達が総掛かりで無断出撃しようとするメイヴを取り押さえていた。
「目標、JAM殲滅。JAM前線基地に先制攻撃を実行する」
「だから待てって言ってるでしょうが…うっ!?」
四人がかりでも半ば引きずりながら判明したばかりのJAM前線基地に向かおうとするメイヴをシルフィードが怒鳴るが、そこで顔をしかめる。
「ちょ、メイヴちゃん…」
「こいつ………」「そこまで………」
シルフィードだけでなく他の戦闘妖精達も顔をしかめ、ファーン1・2に至っては手を離してうずくまる。
だがそこへどこから飛来したビームストリングがメイヴの四肢を縛り、動きを封じる。
「お仲間に電子戦とはおだやかじゃないわね」
「確かにな」
メイヴを縛り上げたヒュウガが呆れ、コンゴウが頷くとグラフサークルを展開、こちらからもメイヴに電子戦を仕掛ける。
「少し落ち着け、という奴だな。今指揮官クラスが作戦を立案中だ」
「それが終わったら、出撃なさい。勝手に動かれるとこちらも迷惑なのですけれど」
ビームストリングを制御しながら、ヒュウガもグラフサークルを展開させてコンゴウと二人がかりでメイヴを電子攻撃、霧の大戦艦二人がかりでなんとかメイヴを封じようとする。
「電子攻撃を確認、被攻撃対象を敵性体と認識変更…」
「だから止めろって言ってるでしょう!」
ヒュウガとコンゴウを敵として認識しようとするメイブの脳天に、シルフィードのミサイルメイスが叩き込まれる。
此の一撃はさすがに効いたのか、力を失ったメイヴが崩れ落ち、スーパーシルフが慌てて支える。
「一時ダウンしたようね」
「そのようだ」
メイブからの反撃が来なくなった事で、メンタルモデル二人も電子攻撃を中断する。
「………え〜と」
「その子、大丈夫?」
遅れてきた専用機持ちやパンツァー達が目の前で起きた惨劇に呆然とする中、リブートしたメイヴが目を覚ます。
「セルフチェック、システムグリーン。強襲モード実行…」
「だから止めろっていってるでしょうが!」
再度無断出撃しようとするメイヴにシルフィードはミサイルメイスを構えるが、慌てて周囲の者達が人海戦術でメイヴを押し止める。
「抑え込め!」
「もっと乗れ!」
「潰れない?」
「見た目より頑丈だからこの子!」
戦闘妖精、IS、パンツァーに覆い尽くされるという強引すぎる方法で抑え込まれたメイヴがしばらくそれでももがいていたが、やがて諦めたのか大人しくなる。
「よし、抗束帯用意して、猛獣用の! それと地下牢の準備!」
「あの、ここは一応学校なんだが………」
「どっちもある訳ないだろが」
シルフィードの要求にメイヴの両腕を抑え込んでいる箒とねじるが顔を引きつらせる。
「なんなら、こちらの船内に作るが」
「あんま無駄遣いすんじゃないわよ? ナノマテリアルの補充の目処はもう少し先になりそうなんだから」
火に油を注ぎそうなコンゴウの提案にヒュウガが釘を刺す。
「とにかく、どんな作戦にしてもまず強行偵察が必要になると思うわ。そうなったらメイヴちゃんにお願いするから」
「………認識した」
スーパーシルフの説得に、ようやく納得したらしいメイヴが頷くが、念の為に一時コンゴウの船内に軟禁する事になり、数人がかりで連行していく。
「で、大丈夫なの? ちょっと前のコンゴウとどっこいの危なさなんだけど」
「JAMの活性化にともなって、メイヴちゃんも活性化してきちゃってるのよね〜」
「この間の対抗戦のようにのべつまく無しに広範囲兵装を使われても困るのだが」
ヒュウガの疑問にスーパーシルフがため息混じりに答えるが、箒がためらいなく模擬戦でも危険な攻撃をしてくるのを思い出し、釘を刺す。
「元々人間を信用してない、というか仲間である私達も信用してるかどうか分からない子なのよね………」
「彼女、聞いた話だと稼働時間結構有るはずよね? どんな経験積んだのよ?」
「さあ? 私達にはオリジナルの雪風のデータの一部しか移植されてないわ。全てを知っているのは三代目雪風であるメイヴちゃん自身と、パイロットだった深井少尉だけね」
「JAMとの戦いの全てか………何を見たのか………」
連行されながら遠ざかる小さな背中に、箒はぽつりと呟いた。
「おうし、こっちやこっち!」
大帝国劇場地下の格納庫で、紅蘭の指示の元で霊子甲冑の整備が大急ぎで行われていた。
「模擬戦とはいえ、やっぱ多少損傷あるで。全部直しとかんと」
「カンナさんのはどう見ても実戦後にしか見えないのだけど」
「カンナはんのをここまで壊すなんて、相手はどんな人やったんや?」
様子を見に来たかえでが、明らかに一機だけ修理レベルの損傷を抱えているカンナ機に顔をしかめ、紅蘭も首を傾げる。
「ともあれ、作戦までには完璧に直しとくで」
「お願いね。まだ詳細は決まってないようなのだけど」
「搬送はどないするん? 翔鯨丸だと米国まで飛べへんで?」
「そこら辺も協議中らしいわ。母艦に搭載可能な転移装置が数日中に送られてくるらしいのだけど、翔鯨丸だと相手の速度に追いつけないだろうし」
「改装案も出とったんやけど、日数の問題があるで」
「戦力をどこまで投入するかね。何か、その点で大神司令も米田前司令も険しい顔してたけど」
「そうなん? こんだけ戦力集めて、まだ足らへんのかいな」
「見つかったJAMの前線基地の詳細も不明らしいからね。あまり刺激してこちらの作戦がバレてもまずいわ」
「そこら辺どないするつもりなんやろか………」
作業の手を休めず、紅蘭はただ自分がやれる事を懸命に進めていた。
「公的、民間、双方調べましたが、やはり例の島の該当データはありませんでしたわ」
「そっか、やっぱりな」
プラムからの報告を、サニーサイドは支配人室で頷いていた。
「だとしたら問題だな。合衆国の目と鼻の先で、無いはずの島がいつの間にか出来てて、それが敵の前線基地と来た物だ」
「にわかには信じられない話ですわね」
「自由の女神の前に突然砂漠が現れたり、学校がいきなり合併して現れたりだ。最早こちらの、というか誰の常識も通用しないさ」
「失礼」
そこへノックの後にラチェットが姿を表す。
「スターの損傷はどれも軽微、数日中には出撃可能よ。ストームウィッチーズからも同様の報告が上がってるわ」
「了解、準備は出来るだけしておかないとね。最悪、総力戦の可能性も有る」
サニーサイドの漏らした言葉に、ラチェットが機敏に反応する。
「総力戦? これだけの戦力が有るのに?」
「向こうの戦力が不明だからね。下手したらまた他の世界から持ってくる可能性も有る」
「勘弁してほしいわね。こちらは相手がどんなのかもまだ分かってないのに」
「ああ、その件だけど明日にでもFAFから今度の作戦の協議のために向こうの司令が来るらしい。もっとも非公式らしいけどね」
「非公式?」
「あちらではJAMを相当怖がってるらしくてね。本来は戦闘妖精の子達以外は転移させてはいけないらしい」
「それは確かに相当ね………」
「向こうの司令ってどんな方でしょうね?」
「さてね。まあ話はある程度分かる人らしいけど」
「ならいいのだけど………」
「一応、リボルバーカノンで指定の場所までは届くそうだ」
「問題はどういう人員で送るかですね。シリンダー交換して連発、というのは可能ですか?」
「その辺今確認してるそうだ」
テアトルシャノワールの地下、巴里華撃団格納庫で整備主任のジャンとポクルイーシキンが互いの装備を整備しつつ、予定されている作戦について話し合っていた。
「転移装置とやら無しに直接送り込めるとしたら、リボルバーカノンしかないからな」
「射出ポッドの改造案も出てるみたいですけど、作戦までに間に合うかどうか」
「あの………大尉」
そこで恐る恐る直枝が声をかけてくる。
「何ですか菅野さん?」
「オレはいつまでこうしていれば………」
「言ったでしょう? 貴方のストライカーユニットが直るまでです」
格納庫の壁際、そこでなぜか正座させられ、首から『私は模擬戦でストライカーユニットを壊しました』とご丁寧に日本語とフランス語、ついでにもう複数の言語で書かれた看板を下げた直枝が、やや青ざめた顔でポクルイーシキンにすがるような視線を送る。
「随分と派手にやらかしたな。こりゃ直るのに一晩かかるだろ?」
「ええ、だから菅野さんは一晩そのままです」
「あの、さすがに一晩は………」
ジャンも呆れる程派手に壊れたストライカーユニットを修理しながら断言するポクルイーシキンに、直枝の顔が更に青くなる。
「帝国華撃団のカラテ使いとやりあったんだって? また無茶したモンだな」
「しかもこちらの命令を無視しての独断専行です。少しは反省してもらわないと」
「その、反省したからそろそろ………」
「ダメです」
すでに足の感覚が無くなっている直枝が必死に訴えるが、ポクルイーシキンはそちらも見ずに切り捨てる。
「確かセイザって足に負担かかるんだろ? 適当な所で許してやった方が」
「甘いです! 大事な作戦の予定も有るのに、模擬戦でストライカーユニット壊すような人はよくよく反省してもらわないと!」
「はい、反省してます………」
最早色々諦めたのか、うなだれる直枝だったがしばらくしてその体が小刻みに震え始める。
「あの、大尉………」
「なんですか、修理はまだまだかかりますよ」
「その、ここ結構冷えて…」
「オラーシャに比べたら随分と温かいわよ?」
「その、模擬戦終わった後に喉が乾いたから用意してあったなんか塩っぱいジュース一気飲みして………」
「スポーツドリンクって言うらしいですよ? それが何か?」
「あの、トイレ………」
ようやく直枝が言いたい事を理解したポクルイーシキンの手が止まる。
「仕方ありませんね」
(やった!)
「ちょっと待ってなさい」
何故か作業の手を止め、ポクルイーシキンがその場を離れ、やがて搬送用の台車を持ってくる。
「連れて行ってあげます。これにそのまま乗りなさい」
「え?」
「さあ早く」
「幾ら何でもやりすぎだろ」
あくまで正座をやめさせないポクルイーシキンに直枝は凍りつき、ジャンもさすがにたしなめる。
「あの、自分で行け…」
「そのままで?」
「いや、あの」
「そんくらいにしてやったらどうだ? それに、確かセイザってしたらしばらく立てなくなるんだろ?」
「それならストライカーユニット壊さなくてすみますね」
顔だけ笑顔、ただし目は1ミリも笑ってないポクルイーシキンに、直枝は違う意味でも震えそうになる。
「その、そろそろ限界…」
「じゃあこれに乗りなさい」
「う…」
正座したまま台車搬送という恥辱を受け入れるかどうかの究極の選択に直枝は悩むが、結局通りすがったロスマンの提言でそれは逃れた。
ただ、しびれきった足は限界で、トイレ手前で立てなくなっていた所を巴里華撃団に補助されるという、別の恥辱を味わう事となった。
「じゃあミストコンゴウはお留守番ね?」
「そうなるらしい。一応私がここの守備の要だからな」
定例となっている甲板上のティータイムに、金剛とコンゴウが現状分かっている作戦概要を議題にしつつ、紅茶をたしなんでいた。
「だが、外部転移装置は一応設置するそうだ。もし私自身が赴く事になるとしたら、それは最終手段となるだろう」
「………それは文字通り最終手段。現状では大気圏内戦力としては貴方が最強」
「イエス、あのごっついキャノンはストロングね」
紅茶に角砂糖を運んで入れているエスパディアが呟き、その紅茶をかき混ぜながら金剛も頷く。
「こちらはまだ出撃方法が決まってませ〜ん。深海棲艦がいる可能性も否定できない以上、艦娘のパワーも必須でしょうし」
「確かにな。だが運用方法の問題が有る。母艦を幾つか用意するらしいが、そちらの艤装も戦艦クラスとなると専用設備がいるだろう」
「ダー、特にオーナーのような戦艦クラスは難しい」
「イエス、ミストコンゴウが動けないなら、他の方法を考えないと」
「確かにな、401のペイロードにも限度が有るし…」
そこでティーカップを持っていたコンゴウの手が止まる。
「次元振動感知、どうやらFAFの指揮官達が到着したようだ」
「オウ、メイブ達の提督デスね。どんな方達でしょう?」
「見てみるか」
そう言うと、コンゴウは学園内の警備カメラから映像を拾い、自分達の前へと映し出す。
そこには、三人の人影が映っていた。
「ようこそ。私がIS学園の責任者でISチームの指揮官の織斑 千冬です」
「人類統合軍 嶋 秋嵩 元・少将だ。今回はご足労いただき感謝する」
「聞いてるわ。FAF、リディア・クーリィ准将よ」
学園を代表して千冬と将校を代表して嶋が出迎えた相手、長髪で冷徹な目をした年輩の女性将校が差し出された手を交互に握る。
「聞いてはいると思うけど、今回の訪問はこちらではあくまで非公式という事をお忘れなく」
「存じてます。こちらでもそのように取り計らいます」
「頼む。上の連中は相変わらず話を聞いてくれなくてな」
クーリィの確認に頷く千冬に、クーリィの背後にいた髭面の白人男性が念を押す。
「FAF戦闘妖精隊 隊長の、ジェイムス・ブッカー。階級は中佐だ」
「なるほど、貴方が………部下がアレでは苦労してるでしょう」
「そちらもな。そしてこっちが」
ブッカーの更に背後、軍服の上から白衣を着た若いというかどこか幼い雰囲気、しかも軍服も白衣もまるで似合ってない上に、興味深そうに周囲を見回していた女性がブッカーに促され慌てて自己紹介する。
「あ、はい! 戦闘妖精隊、AIメンテナンス見習いの源内 あおです! 階級はえ〜と」
「曹長だ。ウチのじゃじゃ馬達の話し相手のような物だと思ってくれ」
「話し相手?」
どう見ても軍人に見えないあおに、千冬は僅かに首をかしげる。
「それではクーリィ准将、他の指揮官も到着してるので」
「ええ、急ぎましょう。ブッカー中佐」
「はい、こちらはじゃじゃ馬達の面倒を見てきます」
「見てきます!」
「こちらへ。更識、戦闘妖精達は確か今整備ブースにいるはずだ。案内を」
「はい織斑先生」「お二人はこちらに」
千冬は案内役に指名しておいた更識姉妹にブッカーとあおを任せ、自らはクーリィと嶋を連れて大会議室へと向かう。
足を止めずに、嶋は少しだけあおの方を見た。
「彼女、随分と若いですが民間からの登用ですかな?」
「ええ、私の部下がヘッドハンティングしてきてね」
「ヘッドハント? そんなに優秀なのですか?」
千冬も思わずあおの方を見るが、クーリィはそこで含みの有る笑みを浮かべる。
「いいえ。士官学校出でもない、元は普通の短大生。ただし、一つだけ我々が欲していた才能を持っていてね」
「欲していた才能?」
「直に分かるでしょう。ここだと特に」
クーリィの言わんとする事を嶋も千冬も測りかねつつ、指揮官達の待つ大会議室へと急いだ。
「ウチの連中は迷惑かけてなかったか?」
「皆さん結構素直ですよ、一名除いて」
「あ、やっぱり………」
更識姉妹に案内されながらのブッカーの問いに、楯無が多少含みの有る返答をし、あおが頭を抱える。
「まあ、あれでも先代よりは大分マシなんだがな」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、戦闘中にJAMに落とされるよりはと自機にミサイルロックするような奴だったからな」
「自機に? それって自爆………」
「ブッカー隊長、それ私も初めて聞くんですが………それでそのメイヴはどこに?」
「あちらの霧のコンゴウの内部に一応幽閉というか軟禁というか………」
「やっぱりそうなったか〜………あの隊長、私メイヴの方に先に行ってきますね」
「そうしてくれ。オレの言う事なぞ1ミリも聞かんしな」
「じゃあ案内します」
そちらに向かおうとするあおを簪が案内する。
二人の影が小さくなった所で、楯無がおもむろに口を開いた。
「これは個人的な興味なんですが、メイヴのオリジナルとなった戦闘知性体・雪風。それを成長させた深井 零中尉とはどういう方だったんですか?」
「零か、ひどい人嫌いで偏屈な奴だったよ。部隊内でもオレ以外とはほとんど口を聞かなかった。あいつが信用していたのは恐らく雪風だけだっただろう。雪風もそうかもしれないがな」
「なるほど、確かまだ深井中尉は…」
「ああ、軍病院で目を覚まさない。もっとも起きた所で今のFAFを見たらなんと言う事やら………」
「その件ですが、あとでこちらの医療班を向かわせるのはどうでしょうか? 治癒能力や治癒魔法を使える人もいるので」
「ファンタジーの領域だな。必要になったら頼もう」
苦笑するブッカーに、楯無もつられて笑う。
やがて二人は学園の整備ブースにたどり着き、ブッカーはそこで整備されているISを見回す。
「思ってた以上の設備だ。これでいるのが女子高生じゃなかったら軍事基地だと思う所だな」
「最新型のテストなんかも行ってますから。あちらです」
「あ、隊長だ」
「ブッカー隊長、いらしたんですか!」
「一応な」
整備ブースの一角で、IS用の整備ハンガーを借りてセルフチェックを行っていたシルフィードとスーパーシルフがブッカーの姿を見つけると、声をかけてきた。
「調子はどうだ?」
「悪くはないわ。誰かさんが色々やらかしててくれた事以外」
「先日も判明したJAMの基地に一人で突撃しょうとして、私達だけじゃなく皆さんの手も借りてなんとか止めました」
「最近前よりひどくなったわ」「確かに」
シルフィードが毒のある物言いで報告し、スーパーシルフも少し困った顔で報告するのをファーン1・2も頷く。
「ひどくなった、と言うよりは前の状態に戻ってきてるだけだな」
「じゃあ直に自分にミサイルロックするようになるんですか?」
「下手したらな」
楯無が先程の会話を思い出した所を、ブッカーが半ば肯定して周囲で聞いていた学園の生徒達が思わずドン引く。
「………敵味方識別はちゃんと機能してますよね?」
「私達のはちゃんと機能してますが」
「あの子は自分とJAMとそれ以外としか認識してないと思うわよ」
「有り得るわね」「同意」
「………否定出来ないのがな」
楯無がさすがに少し引きつった顔での確認に戦闘妖精達が一斉にとんでもない事を言い出し、ブッカーに至ってはそれを肯定する。
「不安要素が有る子を戦力として参加させるのは出来れば避けたいのですが………」
「まあ、そこら辺は次の作戦までになんとかしとこう。状況が理解出来ない奴ではないからな。それに…」
「それに?」
「准将の言葉だが、最強のカードを使わずに死にたくはないって奴だな」
「最強のカード………」
その言葉の意味する所を、楯無は思案せざるをえなかった。
「どうやら、来客のようだ」
「オウ。こっちに、というかメイヴにですネ」
こちらに向かってくる二つの反応を、コンゴウは素早くスキャンする。
(片方は更識 簪、もう一人は不明。非武装、だが何かポケットにエネルギー反応があるな。生体反応その他は人類標準。戦闘要員の類では無さそうだが)
「こちらです」
「うわ〜、すごい。戦艦なんて初めて」
簪の案内でタラップを登ってきたあおが、興味深そうに周囲を見回し、甲板でティータイム中の二人に気付く。
「あちらのドレス姿の人がこの船のメンタルモデル、要は制御AIのコンゴウさん。そちらの巫女装束のような人が艦娘の方の金剛さんです」
「ややこしいね………」
「皆さんはドレスの方を霧のコンゴウさん、巫女装束の方を艦娘金剛さんって読んでます」
「霧の大戦艦、コンゴウだ。そちらは?」
「あ、どうもFAFの源内 あおです。メイヴの件でこちらに」
「………貴方はエンジニアか何か?」
「う〜ん、なんて言ったら………って、貴方、武装神姫!?」
「ダー、私は金剛オーナーの武装神姫、クワガタ型MMSエスパディア」
そこでテーブルの上のエスパディアに気付いたあおが驚くが、反応したのは彼女だけではなかった。
「なるほど、これがオリジナルの武装神姫ね」
あおの白衣のポケットから、淡い紫のサイドツインテールの上に、頭部に猫耳のようなユニットをつけた小さな影が顔を出した事に、今度は金剛達が驚く。
「オウ、ユーも武装神姫のマスター?」
「いや、この子、というかこの子達は違うよ」
「私はフレームアームズガール、FAG―Iイノセンティア。ツヴァイからもたらされた武装神姫のデータを元に、民間用競技タイプからカスタムされたのが私達」
「他の子達は仕事で他の世界に偵察に行ってるよ。この子は起動して間もないからまだ研修中」
「そんな物まで作ってたんですか?」
「確かに感知出来るエネルギー数値は武装神姫より桁で少ない」
「だから、元は競技用なんですって。私は元々この子達のモニターしてたのを、スカウトされてFAFに入ったの」
「それで、そのモニターがあの暴走個体をどうにか出来るのか?」
「う〜ん、どうかな〜?」
「どっちにしろ、あおにどうにかしろって隊長の命令だし」
コンゴウの指摘に、あおは自信なさげに頬をかくがイノセンティアが釘を刺す。
「面白そうだから私も行きま〜す」
「また暴れだしたら止める人手が必要だからな」
「………その時は逃げていい?」
「味方から逃げるのって敵前逃亡じゃないよね?」
同行を申し出る金剛とコンゴウに限りなく無責任な事をあおとイノセンティアが呟く。
「私もISを展開しておいた方いいでしょうか?」
「状況としてはいかんだろう。あまり私の中を壊さないでほしい所だ」
簪もそれとなく留意する中、一行は船内から奥に設けられた一室へと向かう。
「え〜と、これって」
「こういう趣味?」
「幽閉とはこうする物ではないのか?」
「オウ、クラシック」
「時代劇でも見たんですか?」
コンゴウが船内に設けた一室、木製風に似せた格子で区切られ、古めかしい牢屋にも見える室内で、それこそ時代劇にでも出てきそうな手枷を嵌めたメイヴが、教養のエミリーからチェックを受けていた。
「あ、コンゴウさん。こちらのチェックでは彼女に異常は見られませんでした」
「ではアレは彼女の通常行動か」
「あはは………」
エミリーがチェックリストを見ながらの報告にコンゴウが返すのを、あおは思わず苦笑する。
「ところでこれどうやって中に入れば」
格子にかかったこれも時代がかった南京錠を、コンゴウが懐から出した鍵で開ける。
「私達のような者には、これが一番有効な鍵だと言われた」
「本物ですかこれ………」
重々しい音を立てて開いた格子を潜り、あおが中へと入る。
当のメイヴは暴れもせず、内部に持ち込まれたIS用ハンガーで大人しくチェックを受けていた。
「連絡は受けてます、FAFの方ですね」
「色々迷惑かけてごめんね。メイヴ、ちゃんと謝った?」
あおの問いかけに、メイヴは首を左右に振る。
「ダメじゃない、迷惑かけたら謝る事って教えたでしょ?」
「私は私のやる事をやろうとしただけ」
「それは分かるけど、一人だけ行ってもダメだよ?」
まるで幼子に教えるように、あおは少しずつメイヴに諭すのを、その場にいた者達は不思議そうな顔で見ていた。
「相手はいっぱいいるんだから、こっちもいっぱいで行かないと」
「JAMの殲滅が私の存在理由」
「だったら、より確実に出来る方法を取らないと。ここなら、協力してくれる人達いっぱいるらしいよ? 戦力は多い方がいいって」
「………」
「隊長が、次の作戦で先陣はウチになるようにするって言ってたから、一番乗りはメイヴって事にすればいいと思うよ?」
「………分かった」
「分かったならよし。じゃあ迷惑かけた人達にごめんなさいしようか」
「………ゴメン」
あおに諭され、素直に頭を下げるメイヴに皆が呆気に取られる。
「話せば分かるガールだったようですね」
「この間はあんなに暴れてたのに………」
「そうか、貴方はAIカウンセラーなんですね」
「何ですかそれ?」
メイヴの変わりように皆が驚くが、エミリーの一言に当のあおが首を傾げる。
「ああ、まだそちらには存在しないんですね。自己学習型のAIが間違えたり危険な学習をした際、それを修正する専門家です。高度なシステムエンジニアの人が大半なんですが、まれに感性だけで修正する人もいると聞いた事があります。私も感性型の人は初めて見ました」
「へ〜、そうなんだ」
「メイヴに少しは言う事聞かせられるの、あおだけだからね」
エミリーの説明に他でもないあお当人が感心し、ポケットのイノセンティアも頷いていた。
「さて、問題は本当にこの子に先陣任せてくれるかどうかだけど………」
「任せなかったらまた暴れるって教えてあげたら?」
あおが今更無責任な事を言い、イノセンティアは更に煽る。
「准将さんの到着を待って、次の作戦の詳細会議が行われているはずですが」
「JAMの専門家になら先陣任せてもらえるんじゃないでしょうか?」
「かもしれんな。捕虜がいなければ私が超重力砲を叩き込めばすむ話だ」
「確かにそれは楽なパターンで〜す」
「この人達も大丈夫だろうか………」
ポケットの中でイノセンティアはそれとなく不安を感じていた………
学園地下の大会議室、そこには前回同様に全組織の指揮官クラスが集結していた。
ゆっくりとした動作で居並ぶ面子を見回したクーリィは、報告と予想通りの状態を確認していた。
(報告通り、時代も装備もバラバラ、半数は軍人だが、そうでない者も多い。状況はある程度理解しているらしいが)
「FAFのリディア・クーリィ、階級は准将。惑星フェアリィで数年間副司令として対JAM戦を指揮していました」
「ようこそ、NORNへ。私は英知のエルナー、NORNの参謀役です。あちらの席へ」
目の前に浮かぶフィギュアサイズのエルナーに驚きもせず、クーリィは促された席へと座る。
「それでは、これから当世界に存在すると思われるJAM前線基地への奇襲救出作戦の会議を始めようと思います」
エルナーの宣言に、各司令達の顔が引き締まる。
「現状で分かっているのは、米国東海岸沖、西経67°北緯36°の地点にJAMにより誘拐されたと思われるソニックダイバー隊所属、アイーシャ・クリシュナムの反応が確認されたという事のみです」
「失礼だが、その反応は間違いないのでしょうか? 誤認や偽造という可能性は?」
いきなりのクーリィからの質問が飛ぶ。
「その可能性は極めて低いでしょう。確認したのは、極めて感知能力に優れた者達による合同探知であり、またアイーシャ・クリシュナムには特殊なナノマシン改造が施されており、独自の感知パターンを持っているそうなのです。偽造は極めて困難だと思われます」
「なるほど………」
エルナーの説明に納得したクーリィは頷く。
「監視衛星からの映像では、外見上はただの小島です。しかし、FAFからの報告によればJAMは極めて高度な欺瞞能力を持ち、捕虜をただ幽閉するだけの場所とは考えにくく、前線基地の可能性が高いと言わざるをえません」
「もう少し偵察は出来ないんでしょうか?」
「必要なら、こちらからISを派遣してもいいが………」
「それは止めた方がいいでしょう」
どりあと千冬の提案を、今度はクーリィが制止する。
「JAMの感知能力も極めて高度です。FAFでも感知を避けるために能動的偵察は行わず、受動的偵察を主体としています。かつてはレーダーの類すら使わず、特殊光学感知を主体としていた程です」
「なるほど、戦闘妖精達はそのために造られた機体という事ですか」
クーリィの説明に、群像が隣にいるイオナの方を少し見ながら呟く。
「だが、偵察も出来ないのならばどうする? それでは作戦の立てようもないぞ?」
ガランドの発言に、皆がうつむいて唸る。
「捕虜がいる以上、下手な手は打てない。なら、選抜した精鋭を送り、一気に勝負を決めるしかないかと思う」
大神の発言に、居並ぶ者の半数は頷くが、残る半数は懐疑的だった。
「予め宣言しておきます。JAM相手に加減なぞという物は考えない方がいいでしょう。投入するのなら、全戦力を投入する覚悟を決めた方がいい。それがJAMと戦うという事です」
クーリィの冷徹な宣言に、誰もが少し悩むが、やがて覚悟を決める。
「こちらで製造している艦載型転移装置は、数日中には届きそうです」
「使える限りの母艦を用意し、無い人達はどれに乗るかの分配を」
「緊急転移の準備も進めましょう。周辺空間の状況いかんでは不安定になる可能性が」
誰もが一度覚悟を決めれば、後は矢継ぎ早に作戦概要がまとめられていく。
「手慣れた物だな」
「色々ありましたから」
クーリィがぽつりと呟いたのに、エルナーが反応する。
「もしかつてのFAFにこれだけ切れ者が集まっていれば、あれだけの被害は出さずに住んだかもしれないわね」
「それを今後出さない事、それが我々の最大目標です」
エルナーの言葉に、クーリィの口元に僅かに笑みが浮かぶ。
「そう言えば、作戦名は?」
クーリィの質問に、議論が一度止まる。
「考えてなかったな」
「確かに有った方がいいかもしれないが………」
「組織名決める時も大分揉めたな」
前回の事を思い出す中、そこで手を叩く音が響く。
「ここは一番矢面に近いボクが提案しよう。考えていたのがあるんだ」
芝居がかった口調で発言するサニーサイドに、皆の視線が集中する中、サニーサイドは笑みを浮かべながら口を開く。
「それじゃあ提案しよう、作戦名は…」
「オペレーション・ラプンツェル? それが作戦名ですか?」
追浜基地の一角に作られた、501統合戦闘航空団基地予定地で色々準備を進めていた芳佳が、届いたばかりの作戦概要に首を傾げる。
「あの、ラプンツェルってなんですか?」
「さあ、私も知らん。海外の童話らしいが………」
芳佳からの問いに、作戦概要を持ってきた美緒も首を傾げる。
「確か、魔法使いによって塔に幽閉された少女の話です。彼女の長い髪を使ってしかその塔に出入り出来なかったとか」
「なるほどな。救出作戦にはぴったりかもしれん」
アーンヴァルの説明に、美緒は数度頷く。
「FAFのクーリィ准将の提案で、戦闘可能人員は総員臨戦態勢となるらしい。明日にも皆揃うだろう」
「あの………」
そこで芳佳と準備を手伝っていた静夏が恐る恐る手を挙げる。
「本当に私、501統合戦闘航空団に配属されていいんでしょうか?」
「何だ、不服か?」
「いえその、この間の模擬戦でも皆さんについていくのが精一杯だったので………」
「誰も最初はそんな物だ。今の訓練生ですぐに使い物になりそうなのはお前だけだからな」
「しかし………」
「私の推薦だ、ミーナも文句は言わんだろう。それに私は一応名目上は501の副隊長のままだが、NORNの特別教官も兼任で、忙しくなりそうでな。その分も頼む」
「さ、さすがに坂本教官の代わりは無理かと………」
「そんなの誰でも無理だよ。けど、みんなで協力すればなんとかなるって」
「その通りですわ」
恐縮する静夏を芳佳が励ます中、かけられた声に振り向くと、そこにペリーヌとリーネの姿が有った。
「二人共、もう来たんだ!」
「作戦概要が決まったと聞きましたので、その確認に」
「ペリーヌさんは確認だけしたらすぐ戻るそうですけど」
「ホント忙しいマスターね〜」
リーネの言葉に続けてペリーヌの肩の上でヴェルヴィエッタが思わずぼやく。
「忙しくなるのはこれからです」
「ハルトマンさん! あ、妹さんの方か」
リーネとペリーヌに少し遅れて姿を表したウルスラに芳佳は驚く。
「はい、ウルスラ・ハルトマン中尉、ガランド少将からの命令で501統合戦闘航空団特別技術顧問として只今着任しました」
「ご苦労。前回同様、彼女には色々してもらう事になるだろう」
「ここでも爆発させないといいのですけれど」
「大丈夫です。ちゃんと対策は立てています」
「爆発するの前提なんだ………」
ペリーヌが前回の時の事を思い出して釘を刺すが、平然と肯定するウルスラにヴェルヴィエッタが呆れる。
「ともあれ、予定では501統合戦闘航空団は帝国華撃団の母艦・翔鯨丸に同乗。帝国華撃団の敵陣突入を援護の上、翔鯨丸の防衛に当たる事になっている。もっとも状況いかんでどう変わるかは不明だが」
「武装飛行船を母艦に使ってるんですのね。こちらにも一隻くらいほしい所ですわ」
「予算が足りなくなりそうだけど………」
美緒から渡されたタブレットをヴェルヴィエッタが操作しながら確認するペリーヌとリーネだったが、思い思いの事を呟く。
「まずは翔鯨丸をウィッチでも使用可能に改造しなくてはいけません。図面はもう送っていますが」
「そうだったなら、ペリーヌとリーネも確認してくるといい。エイラとサーニャもそちらにいる。服部、三人を案内してやってくれ」
「了解です!」
「あ、私は午後から救護班の準備講習が有るからそっちに行かないと」
「じゃあまた後でね」
大帝国劇場へと向かう者達を見送った後で美緒も準備を再開しようとして、ふと作戦概要を渡された時に聞いた事を思い出す。
「加減なぞ考えない方がいい、か………」
「それでは、これから概要を説明する」
学園の会議室、そこに集められれたIS専用機持ちとパンツァー学園上位ランカー達を前に、千冬とどりあが会議で決まった事を発表する。
「まずはFAFの戦闘妖精隊とトリガーハート隊が母艦カルナダインで接近、目標地点に威力偵察を仕掛ける。
これに対しての相手の反応を見つつ、次に蒼き鋼母艦、イ・401とそれに同乗するGのRV隊、そしてソニックダイバー隊母艦・攻龍を用意される転移装置を持って転移、周辺を制圧の後、帝国、巴里、紐育の華撃団がそれぞれの母艦にて転移、目標地点に上陸、制圧の後に臨時転移装置を設置。恐らく地下にいると思われる捕虜達の救出を臨時転移装置にて転移した光の戦士隊が行う。
これが作戦の主な概要だが、状況いかんでは随時変更されるだろう」
「IS隊は攻龍に同乗、ソニックダイバー隊の援護及び攻龍の防衛、パンツァー隊は光の戦士隊の援護に当たる事となりました」
説明された内容に、聞いていた者達はざわつく。
そこで手を挙げる者がいた。
「つまり、我々は積極的に前線には出ないという事でしょうか?」
「そういう事だ。ただ、いきなり奇襲を食らって最前線、という可能性は十分に有り得る」
セシリアの質問に、千冬がどこか意地の悪い顔で答える。
「それはこっちも同じって事か」
「そうなるわね」
それを聞いたねじるの発言をどりあは肯定する。
「幽閉されているという事は、幽閉出来る施設が有るという事。しかもアイーシャさんは昏睡状態から目覚めたばかりで、身動き出来ないのに無事という事は、適切な医療体制が取れるだけの施設、逆説的に言えばそれ以外の体制も整えている施設がある事が推測されるわ」
「相応のセキュリティがあるという事か」
どりあの推測に千冬が追加し、どりあは頷く。
「屋内戦ともなると、ISではむしろ戦闘が困難な可能性も高い。軽装な者達が突入及び探索に当たる事になる」
「つまり、パンツァーの出番!」
「小さい方が有利なのだ」
千冬が会議室のディスプレイにISとパンツァーの概要図を表示しながら説明し、どりすとマオチャオが嬉々とする。
「どんなのが出てくるか分からないから、注意するに越した事はないわ」
「他の世界でだけ確認されている敵の存在もある。決して単独で対処しようとせず、他のチームとの協力を念頭に置くように」
どりあと千冬が注意点をあれこれ上げていき、誰もが前回の模擬戦のデータに目を通しながら作戦や戦術を練り始める。
「そう言えば、一夏は?」
「帝都で大神司令から次の作戦の前にリーダーのノウハウを叩き込まれているそうだ」
「付け焼き刃って奴じゃね?」
「前回みたいな間抜けやるよりはマシでしょ」
「当人すごく気にしてたから、あまり言わない方いいよ………」
「少しはしっかりしてもらわないと困るな、一応我々のリーダーなのだからな」
「私も行ってこようかしら………」
「ところで、さ」
あれこれ論議する中、のずるがちらりとセシリアの方を見る。
「昨日から気になってるんだけど、それファッション?」
のずるの言葉に、全員がセシリアの方、正確には頭を完全に覆っているスカーフを見る。本来は腰まである長髪を頭の上でまとめ上げ、その髪を完全に覆い隠すようなスカーフの巻き方に、彼女らしからぬファッションが妙に目立っていた
「いえ、これはその………」
「一応校則上は髪型は自由だが、何か理由があるのか?」
のずるだけでなく千冬にまで言われ、セシリアは返答に窮する。
「………一夏さんには内緒にしてくださいね」
やがて観念したのか、セシリアがスカーフを外して髪を下ろすと、そこからペイントがついたままの髪が顕になる。
「それって、この間の?」
「何度洗っても、どんなシャンプーを使っても落ちませんの………ウィッチの方々にも聞いたんですが、洗えば落ちるはずなのですけれど………」
「おっかしいな、確か帝都で箒がウィッチと模擬戦して一発食らったけど、すぐ落ちたぜ?」
「ああ、確かに………」
見事に染まっているセシリアの髪をねじると箒が首を傾げて観察する。
「今調べてもらっている最中でして、それまではどうかこのままで………」
「不思議な事もあるんですのね」
「致し方ないな、調べればすぐに落とし方も分かるだろう…」
「すいません、遅れました!」
そこにものすごくタイミング悪く、一夏が会議室へと入ってくる。
そして、数人がかりで見事に斑に染まったセシリアの髪を広げているのを真正面から見てしまった。
『あ』
「えと、セシリア、それって………」
「い、いやあああぁぁぁ!」
その場を一瞬の間の後、思わず一夏が聞いてしまった事に、セシリアの絶叫が響き渡り、直後セシリアは会議室の窓から一気に飛び出してブルー・ティアーズを展開、そのまま飛び去っていく。
「………え〜と」
「マスター、今のはまずかったんじゃない?」
状況を理解しようとする一夏の肩で、ツガルが思わず呟く。
「オレが悪いのか?」
『あんたが悪い』
思わずボヤいた一夏に、その場にいたほぼ全員が一斉に一夏を指差す。
「まあ、タイミングが悪かったという事で」
「オルコットも頭が冷えたら帰ってくるだろう、こちらを続けよう」
さして気にせず、どりあと千冬はミーティングを続けた。
「ううう、モロに見られましたわ………」
思わず飛び出してしまったセシリアは、涙目になりながら虚空を飛んでいた。
「一夏さんにバレる前になんとかしたかったですのに…」
前も見ずに飛ばしていたセシリアだったが、そこで警告音が鳴り響き、気付いた時は正面に定時巡回中の二機のRVが迫っていた。
「ど、どいてください!」
急制動で回避をかけるセシリアに、向こうも同じく回避行動に移り双方寸出で最悪の事態は回避する。
「あ、危なかったですわ………」
「それはこちらのセリフだの」
一瞬で荒くなった呼吸をなんとか落ち着けようとするセシリアに、激突しかけたとは別のRVに騎乗していた華風魔が声をかけてくる。
「も、申し訳ありません!」
「余所見運転は禁物とそちらでは言われんかの? それに謝るならココロ殿にだ」
「危ない所でした………」
回避から旋回して戻ってきたRVに騎乗していたココロが、改めてセシリアのそばにつく。
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「その、ちょっとプライペードな問題で………」
「その奇抜な髪かな?」
説明に困るセシリアだったが、華風魔に図星を突かれる。
「その、これを一夏さんに見られまして………どうやっても落ちませんし………」
「はて、確かウィッチとやりあったのじゃったな?」
「ウィッチのペイント弾ならこちらでも食らいましたけど、すぐに落ちて………」
そこでセシリアの染まった髪を見た二人は、ふとある事に気付く。
「ココロ殿、これは………」
「ちょっと失礼します」
ココロはそう言うと、腰のポーチから小瓶を取り出し、それの中身をセシリアの髪へと振りかける。
「きゃっ! 何をなさるんですの!?」
「やっぱり………」
「髪を見てみい」
驚くセシリアだったが、そこで改めて髪を見ると、あれほど落ちなかったペイントが落ちている事に気付く。
「落ちましたわ! 一体何を使ったんですの?」
「聖水です」
「聖水、ってミサに使うアレですの?」
「そうです」
「そなたの髪、落ちなかったのは塗料ではない」
「ペイントに込められていた残存魔法力です。それを別の力が籠もった聖水で洗い流しただけです」
「それを撃ち込んだ者、相当な力の持ち主と見た。我らが試合したウィッチにもそれ程の力を持った者はおらんかったな」
「そんなに………」
セシリアの染まった髪を見ただけで相手の力量を推測する二人に、セシリアは芳佳の桁外れとも言える魔法力の事を思い出す。
「それとだな、巡回中にココロ殿とも話したんだが。次の作戦、容易ならざる予感がする」
「準備出来るだけの事をしておいた方がいいでしょう。Gでも出来得る限りのバックアップをするそうです」
「そうですわね………」
濡れた髪を手ぐしでまとめながら、セシリアは二人の忠告を素直に受け止める。
「その事、こちらの皆さんに伝えておきますわ」
「得物を用意出来るだけ用意した方がよかろう」
「準備は万全に」
再度会議室へと戻ろうとするセシリアを見送りながら、二人の天使はそれでもなおどこか不安を感じざるを得なかった。
「外装関係はそのまま、シールド発生装置を設置しますが、あくまで急造なので過信はしないように」
『ウィッチ用カタパルトは甲板部に増設可能です。必要機材はもう直届きます』
「やれやれ、これは徹夜ですかな」
リトルリップシアターの地下、エイハブ用ドッグでマドカがGから供与されたシールド発生装置の組み込みを指示し、リアルタイムでこちらは帝都で翔鯨丸の改造をしているウルスラからも指示が飛び交い、整備班長の王は思わずため息をもらす。
「システム自体が全く違うから、完全に外付けで別系統に出来るのがいいわね」
『香坂財団からの艦載型転移装置ももう直到着します。設置場所の選定をしておかないと』
「オペレーターは武装神姫にプログラムを渡しておくわ。そちらでもお願い」
『了解です。華撃団の整備システムはストライカーユニットに酷似してるので、何かと楽ですし』
「他に使える物を探しておいた方もいいわね。霊子甲冑用の装備はさすがに無理…かも…」
『ウルスラ・ハルトマン、これは使っていいのか?』
『華撃団の副隊長の装備です。そちらに許可をもらってください』
通信画面のウルスラの背後で、己の背丈を超える20mm機関砲を担いでいるバルクホルンが写り、マドカは頬を引きつらせる。
「ウィッチの方々は力持ちですな」
「あれはバルクホルンさんの固有魔法だそうで…」
「あ、これどこに運んだらいいです?」
王が頷く中で説明しようとするマドカの視界に、整備を手伝っていた真美が己の体が完全に隠れるような巨大なコンテナを平然と運んでくるのが飛び込んでくる。
「こっちにもいた………」
「色々助かっております」
「華撃団用の装備、幾つか回してもよさそう………」
マドカが呆れる中、真美はコンテナを王に指定された場所に置くと次を取りに行く。
「あんなのやそんなのを総動員させるって、どんだけの作戦になるんだか………?」
全戦力投入の可能性ありとの話を聞いていたマドカは、待ち受ける作戦の規模に不安を感じずにはいられなかった。
「現状で弾薬の補充率75%、残りも明日には届く予定。つってもさすがに侵食兵器までは無理だとさ」
「ヒュウガからのデータを元に、生成は行っている模様ですが、期日までの量産は無理との連絡が来ています」
401のブリッジで、杏平と僧が着々と進む出撃準備の状況を群像に報告していた。
「艦載転移装置は?」
「先行量産分が今日中に届く模様。他の船と違って、この艦なら連続転移にも十分耐えられるだろうとの事です」
『今送られてきたデータを元に計算してるけど、確かに強度的には可能だけど、動力的に難しいかも。そういや学園の転移装置動かす時はコンゴウからひっぱったっけ』
動力室でチェックしていたいおりからの報告に、群像はしばし考える。
「どちらにしろ、水中艦で有る401はそう簡単にあちこち転移するのは難しいだろう。当初の予定通り、先行突入が出来ればいい」
「潜水艦で揚陸艇の真似事ってのは突っ込みどころ満載だよな〜。もっともオリジナルの401も似たような目的で造られたみたいだけど」
「責任は重大ですよ? Gの人達と協力して上陸拠点の確保が任務ですから」
杏平がぼやくのを通信機器を調整していたしずかが苦笑する。
「あと残るのは………」
「戻った」
「なんとか間に合いましたわ」
そこにイオナとヒュウガがブリッジに入ってくると、一枚の伝票を群像に渡す。
「ナノマテリアル先行量産分、受領してきた」
『ねえ………』
「物も確認してきましたわ。アレなら十分使えますわね」
『ちょっと』
「早速修理箇所の補修に回してくれ。重要部分だけでいい、念の為に緊急補修用は残して…」
『ねえ!!』
そこでディスプレイに表示されているタカオが声を荒げる。
『私! 私の分は!?』
「あ」
『あっ、て何よ、あっ、て!』
イオナが上げた声にタカオの声が更に荒げる。
「そう言えばそうだったわね」
『ヒュウガまで! アンタ達、私の体の事、すっかり忘れてたわね!!』
「………彼女のメンタルモデルに回せる分はあるか?」
「メンタルモデルって結構ナノマテリアル食うのよね………コンゴウにも回さなきゃいけないし」
「すまないタカオ、今回は我慢してほしい。作戦が間近まで迫っている以上、艦体の補修を優先させたい」
『………群像艦長がそういうのなら』
しょげかえったタカオの映像がディスプレイから消える。
「少しくらい回してもよかったのでは?」
「いや、今までの戦闘のダメージが401にもコンゴウにも蓄積している。量産で余裕が出来るまで、艦体の方が大事だ」
「超重力砲も壊れたまんまだからね。次の作戦までに何とか直しておくわ」
さすがに思う所が有った僧が意見するが、群像は判断を変えず、ヒュウガもそれを肯定する。
「また深海棲艦みてえのが出てこなきゃいいんだけどよ」
「もしくは、もっと危険な敵か」
「勘弁して………」
群像の言葉に杏平がうんざりとした顔をするが、群像の顔は真剣なままだった。
(この船は、いやオレ達はどこまでJAMに対抗出来る? もしJAMの手がオレ達の世界にまで及んでいたら………)
ある懸念が、群像の心中にずっとわだかまったままだった………
異なる世界 FAF機密施設内特別病室
幾つもの機器、その全てが部屋の主の生命維持装置として機能している部屋を、訪れる者がいた。
ベッドに横たわったままの部屋の主が、薄目を開いて来訪者を見た。
「………行く事に決めたのね?」
「はい」
その来訪者、かつて危機的状況を部屋の主によって救われた少女が、部屋の主からの問いに答える。
「私は、また過ちを犯してしまったのかもしれない。貴方を救うためとはいえ、そんな体にしてしまった………」
「い、いいえ! 教授には感謝しています! 貴方がいなかったら、私は………」
後悔の弁を述べる部屋の主に、少女は慌ててそれを否定する。
「けれど、そんな体になってしまった貴方を、果たして貴方の仲間は受け入れてくれるでしょうか?」
「多分、大丈夫です。みんな待っていてくれると思います」
「それなら、いいのだけれど………」
部屋の主はそこで軽く咳き込み、その体に繋がれた装置が軽度の警告音と共に即座に自動処置に入る。
「大丈夫ですか!?」
「気にしないで。貴方と違って、私の体は本当ならもう終わっていたのだから」
「けれど………」
部屋の主は少女を安心させるべく、無理に笑みを浮かべる。
「今の私が持てる力を全て、貴方のために使ったわ。仲間が待っているのなら、そのためにその力を使いなさい」
「はい!」
少女は力強く答えると、一礼して部屋を出ていく。
そしてまた生命維持装置の音が響くだけとなった室内で、部屋の主は小さく呟いた。
「もし、貴方があの子達と出会う事が有ったなら、力になってあげて。こんな私を母と呼んでくれたあの子達を………」