PART63 DISTANT FUTURE
甲高い音を立て、大剣と怪腕がぶつかる。
「随分とイラついてるな、乙女の日か?」
「どこかの誰かが盗聴器なんてしかけたせいでしょうね!!」
リベリオンを振るうダンテに、千晶が怪腕を振るって応戦する。
「ヒステリーはマイナスだぜ、ワイルドアームのレディ?」
「なら、大人しく皆殺しにされなさい!『選民の腕(かいな)!』」
千晶の右腕が、幾つにも分裂して蠢く奇怪な槍と化してダンテへと襲い掛かるが、ダンテは驚異的な剣裁きでそれを弾き、かわしていく。
「ぎゃっ!」
「ぐはっ!」
弾かれた肉の槍がそばにいるヨスガの悪魔達を巻き添えにするが、千晶は気にも止めない。
「部下は大事にした方がいいぜ」
「黙れ! もうその顔も軽口も飽きたわ!」
怒気と共に脳天目掛けて叩きつけられる怪腕をダンテは受け止めるが、その重すぎる一撃に床にヒビが生じていく。
「デタラメな造りな割には頑丈なタワーだな。手抜きだったら真下に尽き抜けそうだぜ」
「遠慮なく、突き抜けるがいいわ!」
千晶は再度怪腕を振り下ろそうとするが、ダンテは旋回しながらその一撃をリベリオンで弾き、弾かれた怪腕はその軌道上にいたヨスガの悪魔達を巻き込んでいく。
「ぎゃあっ!」
「ぐぅ…」
「レディとのダンスにしちゃ、邪魔なギャラリーばかりだな」
「役立たずが…」
ダンテを取り囲んで仕留めようとするヨスガの悪魔達だったが、千晶とダンテの戦闘についていけず、結果的に無駄に被害を拡大させるだけの状態に千晶は更に憤怒するだけだった。
『ダンテ! こっちが突破されそうだ! 後退する!』
「おっと、どうやら会場移動のようだ」
「そう何度も逃がすものか!」
上階への階段手前で防衛線を張っていたガストンからの通信に、ダンテがおどけながら撤退しようするが、完全に逆上している千晶が追撃しようとする。
そんな彼女の鼻先にダンテが何かをポイ捨てするように投じ、千晶が怪腕でそれを弾こうとした瞬間、投じられたそれ、対悪魔用スタングレネードが炸裂し、周辺を白く染め上げてその場にいる者達がしばらく硬直し、硬直が晴れた時にはすでに防衛戦を挑んでた者達はいなくなっていた。
「くそ、またか!」
「少しでも被害が出そうになったら即撤退。徹底しているな」
腹立ちまぎれに壁を殴りつけて粉砕させる千晶の横から、喰奴状態のエンジェルが姿を現すが、その体も千晶同様にあちこちに浅いがダメージが刻まれていた。
「何かをしかけているのかもしれんな、明らかに時間稼ぎをしている」
「これ以上何をするの。悪あがきにも程があるわ」
「悪あがきする間は油断出来ん。人とはそういう物だろう」
「貴方も私も、もう違うだろうけどね」
「これも悪あがきの結果だがな」
互いに人の物とはかけ離れた腕を見ながら、双方の軍勢は上階を目指す。
「階ごとに構造を変える異質な塔、向こうはマッピングして的確に陣形を用意するが、こちらにはそれが出来ない」
「突破すればいいだけ…」
さらなる上階を目指すヨスガとカルマ協会の軍勢だったが、そこで仕掛けられていたトラップに引っ掛かり、先陣が吹き飛ぶ。
「またか! 一体どれだけ仕掛けてんのよ!」
「いや、数が減ってきている。爆発はそれなりだが、どうやら向こうもそろそろ仕掛ける物が無くなってきたようだ」
「足止めも限界って訳ね。一気に行け!」
『うおおぉぉ!』
トラップ以外に人影も無い事に、千晶は強行突破を命じ、咆哮と共にヨスガの悪魔達が上階を目指す。
「さて、これで終わりという訳ではあるまい?」
エンジェルも喰奴達を引き連れて上階を目指すが、先程までの抵抗がウソのようにトラップも抵抗も無い。
「ははっ、逃げ出した?」
「そうはいかないはずだ。カグツチに至る塔を落とされる訳にいかないのは向こうもわかってるはず………」
千晶が笑みをもらすが、エンジェルの警戒は更に上がっていく。
やがて、今までと違う雰囲気の階層、先程まで拠点として使われていた階層にたどり着いた両軍が、そこから上階を目指そうとした時だった。
「おい、また何かあるぞ」
「また爆弾か!?」
「やけにデカいぞ!」
ヨスガの悪魔達がその階層の中央に鎮座する爆発物らしき物に警戒する。
「下手に近づくな、センサー型かもしれん!」
「誰か爆発物に詳しい者を…」
「待て、待て待て、まさか………」
喰奴達が警戒する中、その内の一人がある事に気付く。
その爆発物らしき中央にある、ニュークリアマークに。
「お、おい! 誰か探知センサー!」
「ここに!」
数人の喰奴が検査機器を持ってきてそれに向けると、明確に機器が反応する。
「遮蔽されてるが、確かに放射線反応有り。ま、間違いない………オメガ型核弾頭だ………」
「か、核弾頭って、核兵器って奴か!?」
その爆発物の正体に気付いて顔色を変えるカルマ協会の喰奴達に、さすがのヨスガの悪魔達も言葉を失う。
「核弾頭!? なんでそんな物が!」
「そう言えば、外のデカブツから何かを抜き取ってたらしいな。なるほど、それがコレなら納得だ」
千晶とエンジェルも明らかに起爆装置付きの核弾頭の前に立ち、驚く。
「上階の階段前にこれ見よがしに連動センサーが山程有ります!」
「起爆装置もトラップの山です! ここから進もうとすれば………」
「ふ、ふふふふ………まさかこんな物まで持ち出すとはな………果たしてこの塔の異相階でもこれの爆発に耐えられるか?」
「くそ! こんな物…」
「おやめ下さい千晶様!」
「さすがにこれには喰奴でも耐えられん!」
完全に足止めされた事にエンジェルが思わずほくそ笑み、千晶が怪腕を振り上げたのをヨスガ、カルマ協会双方の者達が慌てて取り押さえる。
「解除にどれくらいかかる?」
「やってみない事には………」
「急ぎなさい!」
エンジェルの問いに喰奴の中で爆発物に詳しい者達が変身を解きながら、起爆装置を確認していく。
「どうやら、こちらも一休みするしかなさそうだな」
「核弾頭の隣で?」
「これだけの物なら、正確な手順を踏まない限りは爆発しない。もっともどこまでその手順が進んでいるかもまだ分からないがな」
「くそ!」
エンジェルの説明に、千晶が思わず手近にあった扉、彼女達は知る由もなかったが人外ハンター協会の入り口を殴り壊す。
扉が吹き飛んだ中、そこにテーブルが置いてあり、その上に缶コーヒーや缶ジュースが置いてあるのに千晶は気付く。
テーブルの上に『どうぞごゆっくり 英草』と書かれたメッセージカードを見つけた千晶は、怪腕でメッセージカードを一息に握り潰した。
「ひ・と・しゅ・ら〜〜〜〜!!」
目に見えそうな程の殺気をまき散らしながら、千晶はテーブルの上の飲料を怪腕でまとめて取ると、それを頭上で一気に握り潰してあふれ出た中身を嚥下する。
「私ももらうか。こんだけのトラップのそばで毒杯も無かろう」
「くそっ!」
エンジェルも缶コーヒーに手を伸ばす中、完全に予想外の最悪の足止めに千晶はテーブルの一つを殴り壊して八つ当たりするしかなかった。
タルタロス250階 人外ハンター臨時基地
「敵、132階に到達。そこで動きを止めてます」
「そりゃ、あんな物騒過ぎる物置けばな………」
「分かる奴がいて良かったと言うべきか………」
風花からの報告に、超特急で設置した調査隊資材班が後悔と安堵が入り混じったため息が漏れる。
「急ごしらえだが、ありったけのトラップはしかけておいた」
「さすがに切れていきなり壊すような真似はしたくないと思いたいが………」
「ヨスガでもそこまではしないと思いますが………悪魔に放射性物質って有害でしたか?」
「ヒロシマだかの時は悪魔まで消し飛んだって聞いた事あるぜ。その後一気に陰気が増して色々エライ事になったらしいが」
下階の状況をつぶさにアナライズしている風花に、撤退してきたダンテがどこからか片手に酒瓶、片手にチョコバーストロベリー味という不健康な組み合わせを摂取しながら教える。
「下の連中がアトミックボムにてこずってる間に、こっちは一気に最上階行こうって事になるか」
「そうしたい所であるのですが………」
酒瓶を煽りながら呟くダンテに、風花は周囲を見回す。
下から退避してきた者達は人外ハンター、ペルソナ使い、喰奴、全てが疲弊していた。
「銃弾の補充を………」
「回復アイテムの残数は?」
「セラ無しだとさすがにきついな」
各々があれこれこぼしながらも、体勢の立て直しを図る。
「スタミナ不足だな、どいつも」
「ダンテさんは大丈夫ですか?」
「だから補充してる。ストロベリーサンデーが欲しい所だが、こいつで我慢だ」
そう言いながらダンテは酒瓶を一気に飲み干し、チョコバーの包みをついでに空瓶へと押し込む。
それを見た何人かが、その酒瓶が高濃度のブランデーだと気付いて顔を引きつらせた。
「体勢を立て直して、防衛班と登頂班に分けるべきなんでしょうけど………」
「下は怒り狂った悪魔の大群、上は何が待ってるか分からない混沌と来たもんだ。正直、あの核弾頭でもどんくらい時間稼げるかは疑問だろうな。別にオレは上でも下でも構わないが」
風花が思い悩む中、カロリーの補充を終えたダンテがエボリー&アイボリーを出して状態をチェックし始める。
「問題はやはりここから上がどうなっているかが不明という事だろう」
「この階の例も有る。やはり小岩氏の帰還を待つべきか………」
フリンと美鶴も今後の作戦を考えるが、自分達の知識外の階層が有る可能性を否定しきれず、なかなか踏み切れないでいた。
「だが片腕を失う重傷では、戦線離脱の可能性もあり得る」
「当人は適当な手を見繕ってくると言ってはいたのだが………」
「義手って適当につけられる物じゃないような………」
「いっそ悪魔の腕でもつけてみるって手もあるな」
「それは少し考えた方がいいだろうな」
「その通りだ」
あれこれ話し込む四人の所に、ロアルドとゲイルも姿を見せる。
「悪魔の力をその身に宿す事はメリットとデメリットを抱えるからな」
「ああ、だがそれ以外にも問題は色々有る。現状、弾薬はかろうじて間に合っているが、爆発物はほとんど枯渇、回復剤も少なくなってきている」
「派手に吹っ飛ばしまくったからな」
ゲイルからの報告にダンテは小さく鼻を鳴らすが、さらに報告は続く。
「爆破による遅滞防御はもう不可能だろう。以後は縦深陣による防衛陣と遊撃による起動防御が中心となる」
「陣地作る資材も枯渇気味だがな。ここのガラクタを回収しておくか?」
「使える物は使うべきだろう。ただひどく傷んでいるが………」
「使えないわけではない。だがやはりこの階層を最終防衛線とすべきか?」
ゲイルとロアルドの提案を周囲を見回しながら美鶴とフリンが思案する。
「オレは一気に登るべきだと思う」
そこに疲労の色を滲ませた修二が登頂を進言してきた。
「ヨスガもカルマ協会とやらも狙いはカグツチだろ? なら先に開放しちまえばいい。ただ今の状態でどうなるかは分からん」
「一理ある。だがカグツチも大分変質しているようだ」
「タルタロスがここにある以上、そもそも頂上にいるのが何かも不明だ」
「ここみたいに妙な神様でも出てくるか?」
修二の提案に、ゲイルと美鶴は更に思案するが、ダンテが更に余計な事を吹き込む。
「可能性は否定出来ないな。どこから何が湧いてくるか最早誰にも分からん」
「オレ達も湧いて出た口ですかね?」
ロアルドも悩む中、悠がぼそりと呟く。
「安心しろ、みんなそうだ」
「確かに」
「オレは一応ここのだぞ」
「どのみち、全員巻き込まれたのは間違いない」
「やはりどんな形であれ、現状打開にはこの塔を昇るしかないのか?」
各々が頷く中、フリンの言葉に皆がしばし黙考する。
「やはりそれしかないが、問題は人員だな」
「ここや下のように、妙な物が転移してきている可能性も捨てきれん」
「つうか頂上に何かしらんがいるのは確定だろ?」
「実力者を送りこまざるを得ないが、ここの防衛にも人員は必要だ」
「どう割り振るか………」
「多少なりともここが分かってる連中だな、登るんなら」
話し込む皆の後ろから聞こえてきた声に、一斉に振り向く。
そこには、戻ってきた八雲の姿が有った。
「大丈夫ですか? 腕は………」
「適当なのが有ったから繋いできた」
美鶴からの問いに、八雲はそう言いながら繋いだばかりの義手を見せる。
「ヴィクトルのおっさんから試作機を借りてきた。少しばかり無茶をして繋いでる上に、動けるように色々キメてきた。オレの言動がヤバかったらキマり過ぎだから殴って止めてくれ」
「………」
八雲のとんでもない話に、さすがに誰もが絶句する。
「そもそもアンタ、ヤバくない事言った事有ったか?」
「………無いかもな」
ダンテからのストレートな突っ込みに、八雲は思わず苦笑するが、直後に顔をしかめて義手の接合部分をさする。
「ち、痛み止め効いてるはずだがうずきやがる」
「ほ、本当に大丈夫なのか? 変なの仕込んでるとか」
「仕込んでない訳ないだろ、せっかくの義手だからな」
修二が心配そうに八雲の義手を見るが、八雲は多少しかめながらも上階に続くバーチャル映画館の方を見る。
「取りあえずここが一応タルタロスなら、ペルソナ使いは昇らせた方いいだろう。問題はコトワリとやらだが」
「高尾先生連れてくるか? ただあの妙なモザイク神様崇めるのはどうか思うけど」
「ニュクスがいる可能性も高い。素直に開放出来るとは思えないが………」
「エンブリオンはここで防衛線を張ろう。残った弾薬をかき集める必要がある」
「人外ハンター達もそれに加わる。この上に拠点が無いなら、ここが最終防衛線になる」
「下から突破されるのが先か、こっちが頂上着くのが先か………」
「待て、外はどうなっている? これ以上の勢力に攻め込まれては、防衛は不可能だ」
「それなんだけど………」
ゲイルからの有る種一番の問題に、外をアナライズしていたりせの厳しい表情に、誰もが息を飲んだ。
同時刻 超力超神・改 内部
「くそ、ここもか!」
シジマの悪魔が閉鎖されている隔壁を殴りつける。
「人の乗り物にしては、無意味に頑丈に作られている………」
「対悪魔用と思われる個所も多い。こんな物を誰が作り上げたのか………」
ご丁寧にマニュアル開閉手順のプレートまで潰され、手探りで隔壁を開けようと苦心する悪魔達がようやく隔壁を開けたと思った瞬間、仕掛けられていたトラップが爆発する。
「がはっ!」
「またか!」
対悪魔用処置が施されたトラップに掛かった悪魔がダメージを追う。
「くそ、隠蔽術式まで使ってやがる」
「かなり稚拙だがな。術式に詳しい奴じゃないな」
「致命傷じゃなく負傷者を出す罠、人間の軍隊がやる方法か………」
「悪魔相手には効果は薄い。その事を知らないのか?」
負傷はしている物の、人間と違って行動不能にまで至らない悪魔達が先へと進む。
「また閉まってるぞ」
「同じ手順で開くはず……」
トラップに注意しながら、隔壁を開けた悪魔が今度は何も起きなかった事に首を傾げる。
「タネ切れか…」
開いた扉を潜った悪魔の体に、突然白刃が突き刺さる。
「がっ…」
「待ち伏せか!」
予想外のトラップにシジマの悪魔達がなだれ込もうとするが、ある程度入った所で扉が急に閉まる。
「分断された!?」
「このために…」
「そうだ」
「さすがに数が多いからな」
待ち構えていた小次郎とアレフが将門の刀とヒノカグツチを構える。
「おのれ!」
「シジマを舐めるな!」
分断された悪魔達が待ち構えていた二人へと襲い掛かる。
閉ざされた扉をなんとかこじ開けて中へと後塵の悪魔達がなだれ込んだ時には、分断された悪魔の屍とまた閉ざされた扉があるだけだった。
「数は減らせるが、大した時間は稼げないか」
「逆上させるだけかもしれないが」
待ち伏せトラップで少しずつ敵の数を減らしていく小次郎とアレフだったが、効果が薄い事は自覚していた。
「本当の目的がばれてないなら何とかなるが」
「これ以上近付けたら、動力炉の奴と挟み撃ちになりかねないからな」
待ち伏せの本当の目的がシジマの軍勢の誘導である事を悟らせないよう、二人は先行する機動班からのデータを受け取りつつ、現状を確認する。
「動力を落とせればこれに執着する連中も黙らせられるかもしれないが、厄介なのが居座ってるらしい」
「デモニカスーツの更に進化型か………違う時系列から来たと考えるべきか。なぜ只野に恨みを持っているかは当人に聞くべきなんだろうが………」
「悪魔使いなんてしてる奴が恨みを買ってない訳がないだろう」
「違いない。お互い心当たりは山ほど有る」
「人、悪魔、神も含めてな。只野の奴はまだそこまでいってないと思うが」
「どうだろうか………」
「こっちよ!」
「準備出来たわ」
先の通路で次のトラップの準備をしていた咲とヒロコが手招きする中、二人が通り抜けるとすぐにまた通路が閉鎖される。
「待ち伏せもここが最後」
「向こうはキョウジとレイホゥが防いでるけど、時間の問題。ここが突破されたら先の通路で防衛戦ね」
「それまでに動力室を抑えてくれてるといいが」
「管制室もな。そこにこれを造った奴がいるらしいが」
「私達の仕事はその二か所で決着がつくまで、他の連中を近寄らせない事」
「来たわよ」
閉鎖した通路の向こうから気配と騒音を感じつつ、四人は得物を構える。
「ここでなるべく食い止める」
「なんなら全滅させてもいいだろう」
徐々に開いていく扉とそこから聞こえる怒号を前に、四人は臨戦態勢で待ち構えていた。
「足止めはうまくいっているようだ」
「あいつら、職業軍人のオレ達より強くね?」
「対悪魔戦闘は向こうが本職だからな」
デモニカをまとった機動班員達が足止めの様子をモニタリングしながら、動力室へと向かう。
「動力室にいるのは女の子一人だが、相当ヤバい奴らしいな」
「ヒトナリ、お前本当に心当たりないのか?」
「無い」
聞いていた情報を確認する中、アンソニーの問いかけに仁也は改めて首を傾げる。
「話したぺルソナ使い連中は尋常じゃない殺気を放っていたと言ってたな」
「女の子にどうやったらそんな恨まれるんだ?」
「手出して捨てたとか」
「だからそんな覚えは無いと言っている」
仲間達も懐疑的になり、仁也が否定する中、動力室手前まで来た所で皆の足が止まる。
「オイ………」
「こいつは………」
実戦上がりの軍人ばかりの機動班のメンバーですら思わず足を止める程、濃密な殺気が流れてくる事に皆の緊張は否応なしに高まっていく。
「確かにこりゃ、やり逃げしたってレベルじゃねえな………」
「親の仇でもここまでじゃねえだろ………」
「ヒトナリ………」
「下がっててくれ」
仲間達も思わず躊躇する中、仁也は一人で前へと出て動力室へと入っていく。
何故か開け放たれたままのドアを潜り、デモニカのバイザーを上げて仁也は顔を見せる。
すると、室内から更に濃厚な殺気が満ちていく。
「待っていたぞ、タダノ ヒトナリ」
「君は、アレックスだったな」
待ち受けていた赤いデモニカの少女を見た仁也は、やはり自分の記憶に無い人物だと確信するが、向こうは明らかにこちらを知っていた。
『混乱しているだろうが、一応説明はさせてもらう。いいだろうかアレックス』
そこに電子音声が響き、仁也はそれが彼女のデモニカのサポートAIだと気付く。
「…ええ」
『我々は君のいた世界の未来から来た』
「………」
「な…」
「未来!?」
サポートAI・ジョージの説明に、仁也は僅かに眉を動かすが、後ろで聞いていた機動班のメンバー達は思わず絶句する。
『そして2つの情報を提供しよう。分かりやすく2つの情報を朗報と悲報と呼称し説明しよう。まずは朗報…ほどなく訪れる未来だ。おめでとう。調査隊はシュバルツバースを破壊し、地上へ戻る。地上は安寧を取り戻すだろう。人間は君たちによって救われたのだ』
「それが間違いだったとは言わないわ。でも…」
『問題は救った後だ、タダノ ヒトナリ。悲報を告げよう。人類はシュバルツバースという脅威を経てさえ、変わらなかった。シュバルツバースは人間の手によって破壊出来る…その事実が変わる機会を奪ってしまった。喉元過ぎれば、後は同じだ。戦争で殺し。快楽に溺れ。飽食に興じ。人類はただただ、地球を汚染した』
「そして…奴らは現れたわ」
『そうだ、タダノ ヒトナリ。シュバルツバースが再び出現し、悪魔の侵攻が始まった。しかし、シュバルツバースの恐怖を忘れた人間に、悪魔に対抗する術は残っていなかった。悪魔の侵攻が本格化すると、一週間と持たず人類は敗北する。
これが事実だ、タダノ ヒトナリ。我々を待ち受ける未来は不変による滅びだ』
「あなたは地上に終わりをもたらす。だから、そんな未来を選ぼうとするあなたは絶対に殺さなければならない。それが悲劇を回避するために私達の出した答え、だった」
「…だった?」
ジョージとアレックスの話に機動班のメンバー達は絶句するが、仁也は最後の言葉に違和感を感じる。
『状況は激変した。私達は気付いたらこの世界にいた。受胎東京、新たな世界のひな型に』
「話を聞いて、私は確信した。ここならば人類は、世界はやり直せる。だが、その最大の障壁はやはり貴方よ、タダノ ヒトナリ。私は貴方を殺し、世界をよりよき物へと作り変える」
『アレックスはそう結論した。君はどうだ? タダノ ヒトナリ』
「………かなり唐突な話だが、ここに来てからの経験上、君達のいう事は恐らく事実なのだろう。そしてアレックス、君と同じ事を考えている者達が今、この世界の力を開放しようと奪い合いをしている。君はそれに参加するつもりなのか?」
「そうよ。私は私の世界を救わなければならない」
「…ヒトナリ、ありゃダメだ。説得の余地は無さそうだ」
背後で話を聞いていたアンソニーが、アレックスの完全に決まっている目を見て呟く。
「…今、こちらで出会った仲間達が歪んだ世界を創世させないよう、戦っている。そこに君を行かせる訳にはいかない」
「そう………つまりやる事は変わらない」
アレックスはそう言うとブレードを構え、その刃にプラズマの閃光が走る。
そして悪魔召喚プログラムを起動、ソロモン72柱の人柱、フクロウの頭、狼の胴と前足に、蛇の尾を持つ巨大な悪魔、魔王アモンとイフリートのひ孫とされるヤンキー染みた子供の姿をした精霊、妖魔 シャイターンが呼び出された。
「かなり高ランクの仲魔連れてやがるぞ!」
「ヒトナリ!」
「相手の目標は自分一人だ。何とか…」
「ジョージ」
『OKだ、バディ』
エネミーソナーが立てる最大級の警告に機動班のメンバー達が慌てる中、仁也は一人で相手しようとするが、そこでアレックスが何かの指示を出す。
アレックスのデモニカの各所が明滅したかと思うと、突如として背後の動力炉の出力が上がり、漏れ出たエネルギーがアレックスのデモニカへと流れ込んでいく。
「馬鹿な、ギガンティック号の動力炉と直結したのか!」
「幾らカスタム型のデモニカでも耐えられないぞ! そもそもここの動力炉自体どんな改造を施されているか!」
「なんて事を………!」
他のメンバーのみならず、仁也ですら絶句する中、アレックスの体が光に包まれる。
『分かっているな、アレックス? 君がこの出力に耐えられる時間は、極めて短い』
「彼を倒せれば、それでいいわ」
ジョージの警告にアレックスは短く答えるが、デモニカの防護機能を上回る過剰な出力のせいか、その目が瞬く間に充血し、血涙が滴り始める。
「………! 皆は動力炉を止めてくれ。彼女は自分が相手する」
仁也は指示を出しつつ、自らも悪魔召喚プログラムを起動、幻魔 ハヌマーン、地母神 ブラックマリア、魔神 オメテオトルを召喚し、資材班特注の特殊合金刀を構える。
(長引かせれば、彼女が持たない! 他の勢力と違って、まだ間に合うかもしれない!)
今まで見てきた敵と違って、アレックスの目に純粋さが残っているのを感じた仁也が彼女を止めるべく相対する。
「行くぞ!」
声と共に、アレックスがプラズマを帯びた刃を大上段から振り下ろし、仁也はとっさにそれを受け止める。
プラズマを帯びた刃とシュバルツバースのフォルマで強化された刃とがかちあい、周辺に凄まじいスパークが飛び散る。
受け止めた一撃の重さに、仁也は刀を取り落とさないように必死に柄を握りしめる。
(なんという出力! 改良型デモニカのオーバーロード、まともにやり合えばこちらが持たない!)
かろうじて持ったが、一撃でデモニカのアクチュエーターに警告が出るレベルの攻撃に仁也の背筋に冷たい物が走る。
(だが、確かにこんなでたらめな出力、扱う方も持つはずがない!)
刃を弾き、一度距離を取った仁也が刀を確かめると、明確な損傷がある事に更に危機感を覚えていく。
(持ってあと数合、恐らく向こうの限界も…!)
「休ませぬ!」
対処を考える暇を与えぬようにと、アモンが己の長大な蛇の尾を叩きつけてくる。
「ぐっ!」
「ヒトナリ様!」
「大丈夫だ…」
弾き飛ばされた仁也をブラックマリアがかろうじて受け止めるが、デモニカがかろうじて持ち、ダメージは幾分軽減される。
「こちらからも行くぞ、ブフダイン!」
「食らえ!」
反撃とばかりにオメテオトルが氷結魔法を放ち、食らったアモンの動きが鈍った隙にハヌマーンが鋭い指先でアモンをえぐる。
「効かぬ!」
だがアモンがその巨体を縦横に振るい、食らった仲魔達がまとめて弾き飛ばされる。
「がはっ!」「ああっ!」「ぐわっ!」
「なんて悪魔を連れてるんだ………」
あまりに圧倒的なアモンの力に、仁也は仲魔達の状態を確認しながら呟く。
「ヒトナリ!」
「おっと、お前達の相手はオレだぜ!」
不利な状況に思わずアンソニーが仁也達の方を向くが、そこへシャイターンが襲い掛かる。
「この!」
銃弾を浴びせながら横転してその一撃をかわしたアンソニーだったが、他の機動班のメンバー達もシャイターンに阻まれ、動力炉に近付けないでいた。
「こいつも強いぞ!」
「悪魔使いとしても一級だぞ、その娘!」
「どんな世界から来やがった!」
アレックスの悪魔使いとしての力も戦闘力も自分達より上らしい事に、機動班のメンバー達はざわめく。
「一気に片を付ける………!」
アレックスは注ぎ込まれるエネルギーをブレードに集約し、プラズマの刃が眩い程に輝き始める。
「そんな物を振るえば、君も…!」
「お前さえ倒せば、後は!」
明らかに過飽和状態のプラズマブレードに仁也は使用者であるアレックス自身を案じるが、アレックスはためらいなく大上段に構える。
「ヤバいぞ!」
「防護体勢!」
機動班のメンバー達が慌ててデモニカの防護を最大にする中、仁也はアレックス正面に立ち、特殊合金刀を納刀する。
「ヒトナリ、何を!」
「下がっててくれ」
アンソニーが思わず声を上げる中、仁也は努めて冷静に高密度エネルギーの塊と化し、今にも自分に振り下ろされようとするプラズマの刃を見る。
(これしかない!)
プラズマの刃が振り下ろされる瞬間、仁也はデモニカの出力で一気に抜刀した。
刃と刃がかち合い、すさまじいエネルギーがスパークする。
周囲を閃光が染め上げた後、その光源、半ばから絶たれたプラズマの刃と合金刀の刃が宙を舞い、合金刀の刃は床に突き刺さるがプラズマの刃は壁に触れると同時に凄まじいスパークと共に爆発し、室内を爆風が吹き抜ける。
「おわあ!?」
「ぐわっ!」
「うあ…」
動力室内を吹きすさぶ爆風に人も悪魔も翻弄され、転倒したり床に叩きつけられたりしていく。
「ぐ、うう…!」
アレックスも耐え切れずに床に叩きつけられる中、突然何かが覆いかぶさる。
思わず予備の拳銃を抜こうとする前に、アレックスの眼前に銃口が突きつけられる。
「ここまでだ」
覆いかぶさりながら、銃口を突き付けてきた仁也にアレックスは朱に染まった瞳で睨みつけるが、直後に彼女のデモニカが突然コーションを表示する。
『バディ、やられた』
「何を…」
ジョージの警告にアレックスはデモニカの状態をチェックしようとし、そこで仁也が銃とは別に抜いたナイフで、彼女のデモニカの一部を貫いている事に気付いた。
「バッテリー位置が変わってなくてよかった」
「貴様、これを狙って…!」
バッテリーを破壊された事でエネルギーラインが変わり、動力炉からのエネルギー注入も強制遮断される中、アレックスは予備バッテリーで動こうとするが、突きつけられた銃口はそれを許さなかった。
「撃ちなさい。でなければ私が貴方を撃つ」
「止めろ、酷い結果しかもたらさない」
銃口越しに仁也を睨みつけるアレックスだったが、仁也も銃口を突き付けたまま譲る様子も無い。
「酷い結果なら、もう味わってきた」
「それをやり直すために君は来たんだろう。まだやり直せる可能性はある」
「何を知ったふりを!」
「シュバルツバースで、そしてこっちに来てからも色々な物を見た。君はまだ間に合う」
「何を言う!」
「人類に試練を与えるなんて考えは止めろ。その結果が、今のここの状況なんだ」
「そうでもしなければ人類は…」
「ここで試練を受けた人間がどうなったか、聞いているのか? ここでコトワリを持って創世しようとする者達は、そのほとんどが試練の結果、狂ってしまっている」
「そ、れは………」
「過度な試練は、逆に人間を歪ませるだけだ。君は全人類をそうさせたいのか?」
「しかし…!」
「おい、ヒトナリ! それ…」
銃口を突き付けたまま、説得を試みる仁也と拒否し続けるアレックスだったが、膠着状態にアンソニーが口を挟んでくる。
『バディ、落ち着いて相手を観察しろ』
「は、何を言って…」
ジョージの言葉にアレックスはそこである事に気付いた。
仁也のデモニカから血が滴っている事、そして陰になって気付かなかったが、仁也の背に爆発で飛んできたらしい破片が突き刺さっている事に。
「私を、かばって? どうして? 私は貴方を殺そうとしてるのに」
「言ったはずだ、君はまだ間に合う」
困惑するアレックスに、仁也はやや青ざめてきている顔で断言する。
状況は完全に膠着し、双方の仲魔も含めて二人のこの後を凝視していた。
「今の主はお前だ、どうする?」
じっと二人の様子を観察していたアモンが、アレックスに問う。
「オレはまだまだやれるぜ!」
シャイターンが威嚇し、機動班のメンバー達は思わず構える。
「………分かったわ。ここが創世出来る世界と言うなら、それまでの間、休戦するわ」
『いいのかバディ』
「彼並かそれ以上のがまだ外にいるのなら、状況が落ち着くまで交戦を控えるのも手よ。ただ、あくまで落ち着くまで、創世の時にはまた敵になるかもしれない」
「構わない。現状敵は少ない方がいい」
アレックスからの休戦の申し入れに、仁也は頷いて銃口を外してアレックスからよけようとした所で崩れ落ちそうになる。
「ちょっと!?」
「ヒトナリ!」
「まずい、手当を!」
「回復魔法使える奴! 掛けながら破片を抜くぞ!」
「分かりました!」
「デモニカを緊急保護モードにしろ!」
アレックスが慌てる中、仁也の仲魔と機動班のメンバー達が即座に仁也の治療を開始する。
「馬鹿野郎! 今お前が欠けたら機動班のリーダーがいなくなっちまうぞ!」
アンソニーが怒鳴りながら、仁也の状態を確かめる。
「大丈夫………彼女がいる」
「説得できるかどうか分からない奴に何言ってる! 回復魔法もっと!」
「はい!」
アンソニーが怒鳴りながら仁也の背中に突き刺さっていた破片を引き抜き、ブラックマリアが回復魔法ですぐさま傷口をふさいでいく。
「ヒトナリ、お前こっちに来てから妙な連中の英影響受けてないか?」
「かもな。特に小岩の奴は勝つためには腕の一本二本平然と使い捨てていた」
「真似するなよ、あれは下手な悪魔よかヤバい奴だ」
「そんなのまでいるの………」
「今外に見える塔に核弾頭セットしてるはずだ」
「これから抜き取った奴? 外はそこまで追い詰められてるの?」
「………状況どこまで聞いてるんだ?」
『ここがあらゆる可能性のひな型で、上空の疑似天体を開放する事によって新たな世界を創世出来るという所までだ』
「それ巡って今かなりの組織が大混戦状態だ。シュバルツバースとどっちがマシかみんな悩んでるけどな」
ジョージの説明にアンソニーが一応補足する中、仁也の状態が安定した事がデモニカ越しに伝わり、胸を撫でおろす。
「取りあえず行動に支障は無いか………」
「これ以上無茶するなら、救護室送りだぞ………」
傷がふさがった事を確認する仁也に、アンソニーが呆れかえる。
「じゃあ、協力してくれるという事でいいんだな?」
「………あくまで一時的よ。貴方達がまた世界を腐らせるようなら、すぐに敵になるわ」
「構わない」
アレックスに確認を取った所で、機動班のメンバー達は頷くと動力炉の停止作業に取り掛かる。
「そう言えば、この艦内に他に人は?」
「神取って男だけ、後は完全にオート化してるわ」
「マジかよ、これをオートってどんだけ天才だ………」
仁也に問いにアレックスが答えると、アンソニーが思わず声を上げる。
「神取は管制室にいるわ、その先に何かあるらしいけど、何かまでは知らない」
『彼とはあくまでビジネスライクな関係だ。仲間ではない』
「そちらにはペルソナ使い達が向かったはずだが………」
「オレ達は再起動されないよう、ここを確保だったな。悪魔に起動できるかは知らんけど」
「後は管制室を抑えれば無力化できるが………」
恐らくはこの艦内にて最大の敵が待つ管制室と、そこに向かった者達を事を考え、その場にいる者達は押し黙る。
『そもそもMr神取の目的はなんだ? これだけの物を準備しながら、自ら創世する様子も無い』
「そう言えばそうだな………」
「そっちに行った連中が明らかにするだろうよ」
ジョージの疑問に誰もが同じ疑問を感じつつ、黙々と動力炉の停止作業が進められていった。
「この先か」
「そのようだな」
「いますわね………」
南条、レイジ、エリーが管制室前の扉越しに感じる覚えのある感覚に生唾を飲み込む。
「突入は少し待て、そろそろ」
「おい、無事か!」
「間に合ったようね」
案内役の機動班メンバーが制止していた時、駆け付けたキョウジとレイホゥが合流する。
「今合流地点でコジロウとアレフ達が頑張ってる。とっととここを抑えるぞ」
「そう簡単に行ける相手、ではないでしょうが」
「現状の半分くらいは彼が関わっているようだしね」
「手広くやってやがる。今度は何がしたいんだ?」
「Oh、それこそ当人にアンサーしてもらいましょう」
皆が頷きながら、管制室の扉が開かれる。
無数の機器が無人で動く中、その中央にある艦長席と思われる場所に座っていた神取は、入ってきた者達の姿を確認すると、おもむろに立ち上がった。
「ふ、懐かしい顔が幾つかあるな」
「オレは見たくなかったぜ、神取………」
ほくそ笑む神取に、レイジが唸るように呟きながら睨みつける。
「再び私の前に立ちふさがるか、不詳の弟よ」
「何度でも立ちふさがってやるよ、これ以上手前の被害者が出ねえようにな」
叫びながら、レイジはアルカナカードをかざすが、神取が指を鳴らすと無人と思われた管制室内に四機のX―3が姿を現す。
「やはり用意していたか、ジャミング型を!」
「そっちは仲魔が抑える! 神取に集中しろ!」
南条が警戒をMAXにする中、キョウジがGUMPを抜いて仲魔を召喚していく。
「では始めようか、世界の命運の片端を賭けた戦いを!」
神取の一言と同時に、双方が同時に動き出した………
望む未来を目指し、光と闇は激しくぶつかり合う。
光を信じて戦う糸達に待つ物は、果たして………