PART32 BAD TURN(後編)
『作戦中の総員に通達! 9時及び12時方向に喰奴、3時及び6時方向から悪魔の軍勢がそちらに向かっている!』
「本当か!」
「本当みたいだぜ………」
突然の報告に仁也が声を上げる中、八雲は振り返った先に、白い装甲服をまとい、手にアサルトロッドを持った一団が向かってきているのを確認していた。
「こっちはオレ達でやる! そっちを頼む!」
「了解!」
八雲の声に仁也が返答し、振り返ろうとした明彦と順平も八雲達にそちらを任せる事にしてメティス達との戦いに専念する。
「突入班、第三勢力の介入のため、作戦の即時発動を要請! そちらの突入と同時に、遅滞戦闘を行いつつ撤退する!」
『突入班、了解。これより突入を開始する』
仁也が通信に叫び中、八雲が銃を構え、その両隣にカチーヤとネミッサ、そして仲魔達が並ぶ。
「撃て!」
「ネミッサさん!」「OKカチーヤちゃん!」『マハブフーラ!』
押し寄せてきた一団、カルマ協会の兵達が身長ほどはあるアサルトロッドを構え、一斉に銃撃を開始する。
しかし、その銃弾はカチーヤとネミッサの氷結魔法で作られた壁に阻まれ、弾かれていく。
「行け!」
「グルルル!」
「キシャアアア!」
八雲の号令で、氷壁を乗り越えてケルベロスとカーリーがカルマ兵達へと襲い掛かる。
「撃ちまくれ!」
「ガアアァ!」
「遅いよ!」
飛び交う銃弾を掻い潜りながら、ケルベロスが業火を吐き出し、カーリーが六刀を振るう。
「変身して応戦しろ!」
「おう!」
カルマ兵達が数名、アートマをかざして変身しようとするが、一人の喉にHVナイフが突き刺さる。
「がはっ!?」
「悪ぃな、変身待ってられる程人間できてないんでな」
仲魔に続けて氷壁を超えた八雲が、変身のわずかな隙を逃さずHVナイフを突き立て、駄目押しにバイザーの隙間に弾丸を叩き込む。
「貴様ぁ!」
「よくも!」
それを見たカルマ兵達が次々と悪魔の姿へと変身していく。
「食ってやる!」
「あたるぞ、絶対。なあ?」
バビロニアで人界と魔界を結ぶ門の番人とされる半人半蠍の姿をした獣人パピルサグへと姿を変えたカルマ兵に、八雲は驚きもせずに呟く。
次の瞬間、パピルサグの顔面に二つの槍の穂先が突き刺さっていた。
「が………!?」
「たあっ!」
「ええぃ!」
カチーヤの空碧双月とネミッサのカドゥケウスがパピルサグの頭部を薙ぎ、パピルサグは一撃で力を失って倒れる。
「おのれ!」
盾と槍を持った天使パワーへと変じたカルマ兵が、八雲へと向けて槍を突き出す。
八雲は突き出された穂先をナイフでいなし、もう片方の手でソーコムピストルを連射。
「効かん!」
パワーは持ってた盾でいとも簡単に弾丸を防ぎ、大振りの横薙ぎで八雲の首を狙ってくる。
「ちぃっ!」
八雲はとっさにナイフを両手持ちにしてその一撃を防ぐが、腕力差であっさりと弾き飛ばされる。
「人間が喰奴に勝てるとでも」
「勝ってるぜ?」
弾き飛ばされ、地面へと転がった八雲にパワーが侮蔑の笑みを浮かべるが、何故か八雲の顔にも同じような笑みが浮かんでいた。
「なにを……!?」
パワーがその笑みを疑問に思った時、その胸に一本の針が突き刺さっていた。
「これは……!」
針に手を伸ばそうとしたパワーだったが、その針に込められた呪殺魔法が発動、一撃で即死したパワーが無造作に地面へと落ちる。
「まともに戦うわけねえだろ、オレみたいな三下が」
「こ、こいつら……!」
「気をつけろ! こいつら、対悪魔戦闘に相当慣れてる!」
「オレが慣れてるってよりも、あんたらがアマチュアなんだよ。デビルサマナーを舐めるな」
隙や弱点を的確に突いてくる八雲達の戦い方に、カルマ兵達がたじろぐ。
「人食いになったからって優越感感じてんなら、勘違いって奴だな。こっちはそんな連中、年がら年中相手してんだから」
「貴様ぁ!」
「食ってやる!」
平然としている八雲の態度に、激怒したカルマ兵全てが悪魔へと変身して襲い掛かってくる。
「行くぞ」
『おお!』
「やるよカチーヤちゃん!」
「はい!」
八雲の声に仲魔が気勢を上げ、ネミッサとカチーヤも己の得物を構える。
「もっぺん言うぜ。デビルサマナーを舐めるな」
喰奴と仲魔、双方が咆哮を上げながら、激突した。
「な、何なのですか! このエネミーは!」
「喰奴って奴!」
「赤の10年物か………」
「オレが先だ!」
次々と変身していくカルマ兵達に、凪が驚き、あかりが大剣を構える。
二人の少女の姿に、喰奴と貸したカルマ兵達は舌なめずりをしながら一斉に襲い掛かった。
「メギド!」
そこへ狙撃を中断した咲の魔法攻撃が炸裂する。
「下がってください! 喰奴は危険です!」
「危険は最初から承知のセオリー!」
「イシュキックだって強いんだから!」
それぞれの得物を構える凪とあかりに、咲はレールガンの銃口をカルマ兵達へと向ける。
(この二人は恐らく、人間同士で殺し合いをした事がない………もし相手を人間だと認識してしまえば、戦えなくなる!)
仲魔とペルソナ、それぞれを引き連れて喰奴へと向かおうとする二人の背後から、咲は援護射撃に入るが、二人の突出は止まらない。
「下がってください! それ以上は危険…」
咲が警告を発した時、変身していなかったカルマ兵の一人が、マガジンを交換して何かを発射した。
発射された弾頭は、空中で拡散してネットとなって二人の足に絡みつく。
「これは!?」
「な、なにこれ!」
「捕縛用粘着ネット弾、鮮度を保つには生きたまま捕まえるのが一番だからな」
「二人を離しなさい!」
咲が救援に向かおうとするが、その進路を別のカルマ兵達が塞ぐ。
思わず背後を振り返る咲だったが、そちらでは機動班クルー達がメティスとの戦闘の真っ最中だった。
「凪! 今助ける!」
「イシュキック!」『マグダイン!』
足を絡め取られた状態で、仲魔とペルソナで必至に応戦する凪とメティスだったが、やはり思うように戦えずに苦戦している。
「大人しくしろ! 鮮度が落ちる!」
「凪は魚じゃないよ!」
反撃を食らいつつも、カルマ兵達が二人を捕縛しようとするのをハイピクシーが必至に止めさせようとした時、上空から影が指してくる。
直後、轟音と共にショウテンが喰奴化していたカルマ兵を押しつぶしながら落下してきた。
「うひゃあ!」
「これはライドウ先輩の!」
「油断し過ぎです」
更に、上空からゆっくりと落下してきたヴィシュヌが二人の拘束を外していく。
「小次郎の………」
咲が呟きながら上空を見ると、ちょうど真上を一機のヘリが通過していく所だった。
「召喚士殿の命だ」
「助勢させてもらおう」
「感謝のセオリーです」
「ようし、行くぞ〜!」
「無理はしないで」
強力な助っ人に、三人の乙女は奮起してカルマ兵達へと向かった。
「スナイパーモデルからアサルトモデルにコンパーチプル、システム変更します」
「ちょっと待って! 今外すから!」
「その時間、こちらで稼ぎます」
いきなりの背後からの敵襲に、アイギスの装備を変更するべく、アリサが慌ててアイギスからアンチマテリアルライフルを外していく。
それを背後にしながら、メアリは手に巨大な漆黒の大鎌、デューク・サイズを手にシジマの堕天使達へと向かっていく。
「人形風情が!」
「マガツヒも取れないガラクタに用は無い!」
馬に乗った赤い甲冑の騎士、ソロモン王の72柱の魔神の一者、堕天使 エリゴールと、同じく馬に乗った青い甲冑の騎士、ソロモン王の72柱の魔神の1者、大がらな馬に騎乗した恐怖の王、堕天使 ベリスがメアリへと襲い掛かる。
メアリは手にしたデューク・サイズの柄尻を回すと、大鎌は純白のハルバート、ジャッジメント・トマホークへと変化する。
振り回されたジャッジメント・トマホークがエリゴールの槍を掻い潜ってその胴体に叩き込まれ、そのままエリゴールを馬から叩き落す。
「この…」
憤怒の顔で睨みつけるエリゴールからメアリはジャッジメント・トマホークを引き抜き、そのまま身をひるがえしてベリスの突き出してきた三つ又の矛を避ける。
急激な動きにメイド服のスカートのすそがひるがえり、そこから手榴弾がこぼれ落ちる。
「!」
「失礼いたします」
詫びの言葉と共にメアリは飛び退き、直後炸裂した手榴弾が二体の堕天使を巻き込む。
「聖別済みベアリングと聖灰仕込みのホーリーグレネード、これなら…」
爆風が吹き抜ける中、メアリが周囲を確認しようとするが、そこへは星の形をした旧約聖書アモス書に語られる、アッシリアの「宮殿」を意味する名の星の神とされる夜魔 キウンが横から襲い掛かり、メアリの体を弾き飛ばす。
「油断しすぎだぜぇ……」
「してはおりません」
とっさに柄でその一撃を受けたメアリだったが、爆煙の晴れた向こうに、何とか耐え切ったベリスも姿を現す。
「やってくれたな。人形が……」
その他にも、シジマの悪魔達が続々とメアリを取り囲んでいく。
メアリが周囲を見回しながら、ジャッジメント・トマホークの柄を強く握り締めた時だった。
「アテナ!」『ヒートウェイブ!』
「くらえぇ!」
ようやく換装の終わったアイギスがペルソナで悪魔達を薙ぎ払い、アリサが両腕のESガンを乱射する。
「お待たせしました!」
「大丈夫姉さん!?」
「大丈夫です」
メアリの両脇にアイギスとアリサが並び、三人の人造メイドが悪魔達と対峙する。
「人形がそろいもそろって……!」
「構わん、破壊しろ!」
「人形人形って、馬鹿にしないでくれる!」
「私達は確かに神ならざぬ手で造られた物ですが、この中にソウルは持っています」
メアリがそっと胸に手を当てると、思わずアリサとアイギスも己の胸に手を当てる。
「行くわよ姉さん! SUMMON SYSTEM START、D―DATA DEVICE SET」
「分かりましたアリサ」
アリサが瞳に光のロジックを浮かび上がらせながら左手を高く掲げ、メアリも瞳に魔力の輝きを浮かび上がらせながら右手を高く掲げて、二人が手を合わせる。
『SUMMON』
内蔵COMPシステムを起動させたアリサに、メアリが召喚命令を出す。
2つの輝きは融合し魔法陣と化して、仲魔達を召喚する。
「呼ばれて参上じゃ!」「命に従いましょう」「さあ何をすればいいの?」
召喚されたアイルランドの靴作りの妖精 レプラホーン、天使 プリンシバリティ、ねじくれた人形のような姿をしたマレーシアの土の精霊、妖精 ティング・カットが姿を現し、二人の前に立つ。
「私だって負けません!」
アイギスは両手のマシンガンに、追加されたばかりの肩からのサブアームにロケットランチャーを構える。
『私達の力、お見せします!』
三人は同時に叫びながら、シジマの悪魔達へと攻撃を開始した。
「イヤアァ!」
気勢と共に振るわれたアルジラの触腕が、ソロモン王の72柱の魔神の1者、銀色の巨大な翼魚の姿をした堕天使 フォルネウスを弾き飛ばす。
「せやあっ!」
ヒロコが突き出した槍がケルト神話の獣の頭を持った悪の巨人、夜魔 フォーモリアを一撃で貫き、フォーモリアの体が崩れ落ちていく。
「ねえ、気付いてる?」
「ええ、何かおかしいわ」
お互い背中合わせになりながら、二人はこの背後からの敵襲に違和感を感じていた。
「もし同じ事をエンブリオンでやるなら、戦力をどこかに集中させる」
「そうね、他のポイントも苦戦してるけど、皆素人じゃない。ちゃんと対処できてる。こちらの戦力を削りたいなら、もっと大々的に攻撃してきてもおかしくないわ」
「………罠?」
「かもしれないわ。けど、一体何をする気なのかが分からない………」
『総員に通達、これより突入班が突入する。各ポイント、突入後に遅滞戦闘を行いつつ、撤退』
上空から冥界の門の中心を目指しているヘリのパイロットからの通信に、二人は思考を中断して戦闘を継続させる。
「何も起きなければいいのだけど………」
ヒロコはどこか不安を感じながら、槍を振るっていた。
同時刻 珠フ瑠警察署(仮) 署長室
『奇襲してきた敵勢力の危険度はBレベル。各防衛クルーが対処中。全滅の危険性は15%以下』
「つまり、危険は少ないという事か………さすがに肝を冷やしたが」
冥界の門の観測班からの報告と、それを解析したアーサーからの情報に署長の席に腰掛けたまま聞いていた克哉は胸を撫で下ろす。
「それで、負傷者は?」
『軽6名、いずれも戦闘に問題無し』
「妙だな」
同室で報告を聞いていたゲイルが、目と目の間を指差すような仕草をしながら、思考を始める。
「こちらの作戦の不意を突いたにしては、戦力が少なすぎる。シジマとは直接交戦は初めてだが、リーダーの氷川という男は決してこちらを過小評価するような者ではないと聞いている」
「氷川はもっと恐ろしい男よ。必ず先の先まで読んで手を打ってくる」
今回の作戦では遠距離戦闘メインという事で残っていた祐子も、半端としか言いようの無いシジマの攻撃に首を傾げていた。
「それはこちらも同じだ。カルマ協会のジェナ・エンジェル、天才の名を欲しいままにし、オレ達を悪魔にした張本人。その戦術は苛烈と言ってもいい。これは何か別の作戦のための時間稼ぎと考えられる」
「だが、一体………」
「克哉さん、いる〜?」
そこでドアがノックされ、舞耶がひょこっと顔を出した。
「ああ、舞耶君か。何か用かね?」
「ちょっと気になる事があって。この間、街で妙な反応を感じて、相手は確認できなかったけど、顔見た人から聞いて似顔絵を持ってきたの」
「妙な反応?」
「栄吉君も似たような事言ってたけど、全然違う人なのよね〜」
そう言いながら、舞耶は二枚の似顔絵(というには大分デフォルメされていたが)を差し出す。
それを見たゲイルと祐子の顔色が一瞬で変わった。
「これは!」
「ウソ!?」
「知っている人物か?」
「これは、ジェナ・エンジェルだ!」
「こっちは氷川に間違いないわ! この街に来てたなんて!」
その言葉に、克哉は思わずイスから立ち上がる。
「……しまった! 悪魔達に気を取られすぎた!」
「喰奴も、変身しなければアートマ以外はただの人間と変わらない。潜入は十分に可能だ」
「氷川は高度の術者だけど、人間よ。その気になれば、この街に潜り込む事なんて彼には造作もなかったんだわ………」
「目的は、やはり諜報活動か。だとしたら……」
「今回の作戦、筒抜けになっているかもしれん」
「そんな!」
「すぐに下の作戦参加者を呼び戻せ! これは、罠だ!!」
「妙だな」
「ああ」
「どう見ても時間稼ぎだ」
「構う事ねえさ。こっちが地獄に飛び込んじまえば、ゲームセットだ」
冥界の門の中心部へと向かうヘリの中で、小次郎、アレフの指摘に、ライドウ、ダンテが平然と受け流す。
「挟撃、って割にはなんとか出来てるな……」
「何かしでかすつもりなのは確かだ。急いでそいつらを落とせ」
「爆撃用の爆弾じゃないんだから、それなりの準備をさせてからじゃないと許可は…」
何か嫌な予感に気付いたキョウジと轟所長の指示に、ヘリの操縦をしていた機動班クルーは顔をしかめつつ、降下予定位置を確認していく。
「いや、もうここでいい」
「後はこちらで…」
小次郎とアレフがパラシュートも無しにヘリのドアを開けようとした時だった。
戦闘を繰り広げている者達の更に背後、四方にそれぞれ地面から柱がせり出してくるのに小次郎が気付く。
「あれは……」
「双眼鏡あるか!」
「そこのボックスの中!」
ヘリのパイロットの声にアレフが双眼鏡を取り出し、柱を観察する。
柱は全長が3mはある物で、その先端に人形のような物が取り付けられていた。
「まさか………」
「こっちのにも人形がついてるな。あれは、怒りの相か?」
「あっちのは泣いてるみてえだ」
「喜怒哀楽の相を示す人形を四方に、ひょっとして………」
同じく双眼鏡で四方の柱を見たキョウジとダンテの言葉に、それまでライドウの肩で黙っていたゴウトがある術式を思い出す。
「すぐに下の連中を撤退させろ! あれは、ゲートを開く術式だ!」
「やはりか! まずいぞ!」
同じ物を見た事があるアレフが叫び、確信を得たゴウトも叫んだ時、小次郎が柱の更に向こう側に立つ男の姿を発見した。
「氷川! こんな所に!」
双眼鏡の向こうでシジマを束ねる男、氷川がその顔を歪めるような皮肉な笑みを浮かべ、両手を合掌する。
氷川の口が動き、何かを詠唱し始める。
それに応じるように、四方の柱の先端の人形が動き始め、柱自体も光を帯び始めた。
「いかん! 間に合わんぞ!」
「上昇しろ!」
「え……」
機内の悪魔使い達が騒ぎ始める理由に、ヘリのパイロットは一瞬判断に迷う。
だが、次の瞬間、騒ぐ理由をその場にいた者全てが理解した。
最初に起こったのは、冥界の門から更に凄まじい瘴気が噴き出した事だった。
「うわああ!」
「何かに捕まれ!」
間欠泉がごとき瘴気の噴出に、ヘリがバランスを失いかけて大きく揺れる。
「いや、それよりもこっちの方が早いぜ」
「そうだな。それに少しでも遅らせる必要がある」
揺れる機内からダンテとライドウが飛び降り、ダンテは噴き出す瘴気を前にむしろ顔に笑みを浮かばせ、ライドウは落下しながらも目を閉じ合掌し、封印術の詠唱に入る。
「無茶しやがるぜ」
「いかん、バランスが取れない! 墜落に備えてくれ!」
「分かった」
「そうする」
キョウジが思わず口笛でも吹きそうになるが、パイロットのとんでもない一言に、小次郎とアレフもためらいなくヘリから飛び降りていく。
「おい、機体が軽くなったがまさか……」
「四人とも降りたぜ。早く待避しろ」
「! わ、分かった!」
「まずいな、下は間に合わん」
轟所長がそう呟き、キョウジは下を見る。
そこでは冥界の門が周辺の地面を吸い込んでいくがごとく、急激的にその範囲を広げていた。
「やばいぜ、これは………」
「車を出せ! 早く逃げろ!」
「しかし!」
「迷ってる暇はねえ!」
カルマ兵達と戦いながら、八雲がAPCを発車させようとする。
「させるか!」
「逃がさん!」
「手前らもいい加減にしねえと飲まれるぞ!」
冥界の門がどんどん拡張していく中、喰奴化したカルマ兵達はなおも襲い掛かってくる。
「喰奴ならば、この穴の拡張にも耐えられると……あれ………?」
そう言っていた喰奴の一体が、冥界の門へと吸い込まれ始める。
「そんな、主任はこんな事は…!」
「冥界の門は人間じゃない方が引き込まれやすいんだよ、なんでオレがいの一番に仲魔をRETURNさせたと思ってた?」
「な………」
吸い込まれていくカルマ兵達に念のために八雲はトドメの弾丸を叩き込んでいくが、その間にどんどん冥界の門は近付いてくる。
「八雲さん!」「このままじゃあんた!」
「いいから急げ! ネミッサ、カチーヤもだ!」
「けど!」
半ば強引に乗せられた明彦と順平が叫ぶが、八雲は銃を連射しながらパートナー二人も何とか逃がそうとする。
「すぐそこまで来てるぞ!」
「ヒトナリ! お前も早く!」
「構うな!」
どんどん広がってくる冥界の門を前にしながら、メティスのトマホークを大型のコンバットナイフで受け止めている仁也が、アンソニーが必至になって手招きするのを拒絶する。
しかし、冥界の門の拡張は更にその速度を増していった。
「うわあぁ!」
「お、落ちる!」
「く………」
背後から聞こえてくる悲鳴に、啓人が奥歯を噛み締めながら走り続ける。
『ダメ……で………座標があいませ……ケープロードが……』
「………」
冥界の門拡張の影響か、途切れ途切れの今にも泣き出しそうな風花からの通信に啓人は何を言えばいいかわからず、ただ走る。
その足が、不意に地面にめり込んだ。
「あ……」
思わず声を漏らした啓人が、何とかそれでも駆けようと足を前へと踏み出す。
前へと出した足が踏みしめた地面が崩れ、そのまま浮遊感が全身を覆っていく。
走り出すAPCの方から誰かが何かを叫んだ気がしたが、啓人の意識は落下していく体と一緒に、闇へと閉ざされていった。
「イシス!」『マハガルダイン!』
「至高の魔弾!」
ゆかりの疾風魔法と修二の魔弾が背後に放たれ、その反動で美鶴も巻き込んだ三人の体が大きく前へと弾き飛ばされる。
「こちらです!」
「お急ぎ下さい」
「うわあ、もうそこまで!」
走り出すAPCの上や両脇の窓から、アイギス達が必至になって手招きする。
だが拡張を続ける冥界の門は、三人が着地するよりも早く、その先の地面を飲み込んでいく。
「ああっ!」
「やべえ! 地面がねえ!」
「アルテミシア!」『マハブフダイン!』
美鶴が氷結魔法で氷の通路を作り出し、なんとか三人を受け止める。
「間に合えっ!」
「もうちょっと…」
氷の通路がまだ残っている地面にまで到達しようとするが、地面の崩落は更に加速していく。
「くっ………」
「オレもやる! もう一発だ!」
修二が胸を叩いてマガタマを吐き出し、別のマガタマを飲み込んで叫ぶ。
「絶対零度!」
「アルテミシア!」『マハブフダイン!』
二人が放った氷結魔法が更に氷の通路を拡大させ、崩れ落ちる地面を氷結させていく。
「よし、これなら………」
ゆかりが安堵しかけた時、突然氷の通路が砕け散る。
「な………」
「ちぃ!」
美鶴が驚愕する中、修二は後ろを振り向く。
そこには、ペルソナを発動させて冥界の門に引き込まれないようにしながら、トマホークを投擲した体勢のままのメティスがいた。
「この反応、オリジナル!」
「止めてください、あの方々を救出に向かいます」
「でも姉さん!」
氷の通路の崩壊が進み、三人が立ち往生する中、APCから人工メイド達が飛び降りようとするが、崩落はすでにこちらにまで追いつこうとしていた。
「メティス!」
『邪魔をしないで下さい、姉さん』
アイギスが右手のマシンガンをメティスへと向けるが、そこへ再び同調通信が飛び込んでくる。
その一言で、メティスへと向けたアイギスの指先が震え始める。
「アイギス」
「私に任せて!」
それを見たメアリがそっとアイギスの肩に手を置いて下がらせ、代わりにアリサが銃口を向ける。
だがそこで、地面の崩落がAPCにまで追いつき、車体が傾いていく。
「いけません!」
「防護機能を発動、車内へ」
「落ちる〜〜!」
「ダメだ、もたねえ!」
「捕まれゆかり!」
「ちょ、やだ、きゃあああぁぁ!」
氷の通路の完全崩落と同時に、APCも車体はほぼ真後ろを下へと向けて傾かせ、冥界の門へと落ちていく。
「メティス!」
「向こうで待っています、姉さん」
アイギスが視界が完全に闇へと閉ざされる前にメティスの方を見つめ、メティスもペルソナの加護を外して同じように落下していく。
なぜか先に落下していくメティスの言葉を最後に、アイギスの意識も闇へと沈んでいった。
「ハリーです!」
「うわあああ、もうそこまで地面無いよ!?」
「貴方達! この二人だけでも…」
わめく凪とあかりだけでも逃がそうと、咲が二体の仲魔に呼びかける。
「なんとかやってみようぞ」
「主からの命でもある」
ショウテンが凪を抱え上げ、ヴィシュヌがあかりを抱えて飛び出そうとする。
そこで、APCのタイヤがスリップを始める。
「だめだ! もうこれ以上!」
「急いで!」
地面の崩落でタイヤのグリップが効かなくなった事を叫ぶ運転席の機動班クルーに、咲は仲魔を急かした。
「ぐおおおぉぉ!」
「はああぁ!」
二体の仲魔が二人の少女を力任せに外へと投げようするが、広がった冥界の門がAPCを飲み込んでいく。
「ぬおおおぉ………」
「済まぬ……!」
投げるのも間に合わず、冥界の門は全てを飲み込んでいった。
「うまくいった。今、あそこには誰も残っていない」
「なるほど、東京をこのようにした張本人だけはあるな」
ほくそえむ氷川の背後に、エンジェルが近寄り、作戦の結果を見届ける。
二人の視線の先には、両国をほとんど飲み込むまでに巨大化した冥界の門の暗い穴だけが存在していた。
「これであの街の戦力は半減以下にまで落ち込む」
「そうだな、しかし約束通り……」
「協力はここまでだ。お互いにな」
そう言うと、二人は互いに背中を向けて歩み始める。
しかし、その歩みは数歩出した時点で止まった。
「……何かが聞こえる」
「ああ、これは、歌?」
冥界の門から微かに響いてくる歌声に、二人は再度そちらの方を見る。
「セラ、ではないな」
「テクノシャーマンの少女はこの作戦に参加してないのは確認済みだ。あの能力、失うのは惜しい」
「好きにするといい。扱いを間違えば、貴様も食われるだろうがな」
「よく言う物だ。娘だと言ってなかったか?」
「私のDNAをベースにしただけだ」
「ふ、そうか………」
いつしか歌声は消え、二人は再度歩き出す。
後には、不気味な沈黙だけが残された。
「皆さん! 応答してください! リーダー! ゆかりちゃん! 順平君! 桐条先輩! 明彦先輩!」
「そんな………皆さん………」
「ク〜ン…………」
「………デモニカの反応も全てロストした」
「…………レッド・スプライト号に連絡を。作戦実行部隊、総員、生死不明…………」
非情とも言える観測班クルーの言葉に、風花がその場に崩れ落ちる。
「ああ、あああぁぁ……」
「風花さん………でも、まだ皆さん死んだと決まったわけじゃありません………」
「けど………」
「ワンワン」
風花を励ますように、コロマルも力強く鳴く。
だが、生存の根拠を示す証拠は、何一つ存在しなかった………
寄り添い、束ね始めらた糸は、突然の策略に引き裂かれる。
深く暗い闇の果てに待つ物は、果たして………