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「名前、ですか?」
「そうだ」
その問いに、武装神姫達は顔を見合わせた。
「君達武装神姫は、起動と同時に幾つかのセットアップを必要としていたはず。一つはマスターの認識、そしてもう一つは命名による自己の認識だ。だが、話を総合すると君達はそのセットアップを行っていない」
「そう言われましても………」
「ボクらは最初からマスターを見つけて行動するようにってプログラムされてるよね?」
「名前も登録済みだ」
「……それ以外の事は何とも」
「いや、タイプ名の他に個別呼称を登録するはずなのだが………」
武装神姫達の返答に、質問した副長が首を僅かにかしげて唸る。
「戦闘データの方はどうなっている? あれだけの戦闘力、実働データの蓄積無しでは不可能だ。マスター登録以前の事は本当に何も覚えていないのかね?」
「そう言われてみればそうですが………」
「でも何か覚えてる?」
「覚えてはいても、プロテクトされている可能性はある」
「……実状では何も問題ありませんし」
「そうか。ご苦労だった。持ち場に戻ってくれ」
副長に開放され、武装神姫達がそれぞれのマスターの元へと戻っていく。
その小さな後姿を見送ると、副長は質疑用に使っていた自室からブリッジへと向かい、タクミを介して通信を入れた。
「取り合えず、一通りは聞いてみた」
『お手間を取らせてすいません。当時の武装神姫の事を知っている方が他にいませんでしたので』
「まあ私の場合は直接扱っていた訳ではないが」
通信相手のエルナーが礼を言うが、副長が謙遜しながら返す。
(それにしては詳しすぎるような………)(そういう事にしておきましょう)
脇でそれを聞いていたタクミと七恵が内心思った事はそのまま心中に仕舞いつつ、通信が続けられる。
『それで、結果は?』
「基本スペックは雲泥の差だが、基本システムはかつての競技用武装神姫と同一と考えて間違いない。だが、何者かに初期設定及び実働データをインストールされている、と考えられる。そちらの推測にも当てはまるな」
『やはり………恐らくそれは彼女達を造った張本人でしょう。何者かは不明ですが、こちらのサポートのために送り込んできたのは間違いありません』
「つまり、何者かが我々の手助けをしている、と?」
『ええ、そしてその人物は今回の一連の件に深く関わっているとも考えられます。しかし、その情報を必要以上出さないようにしているとも考えられます』
「それがプロテクトの理由か……だが何故?」
『………推察は出来ますが、まだ確定はできません。ただ、今後事態が変化した時にはっきりするはずです』
「悪化しなければいいのだがな」
『そこまではなんとも………』
「誰かが味方をしてくれている、それでよしとすべきではないかな」
「ですが……」
『私もそう思います。全面的とは言えませんが、武装神姫達の存在は確実に皆をサポートしています。今後も必要な事は間違いありません』
「そうか………」
それまで黙って通信を聞いていた艦長が口を開き、副長は思わず唸るが、エルナーも賛同した事で納得せざるを得なくなる。
『そうそう、白香から転移装置の設置が予定よりも早く進んでいるとの連絡がありました。数日中に実験に取り掛かれそうです』
「本当か!?」
『ええ、オペレッタとの転移座標確定が終われば、あなた方はすぐにでも元の世界に戻れます』
「まずは一安心、と言った所か………」
「全くです。一日でも早く本来の任務に戻らねば」
『他の問題もあれこれありますが、まずは皆さんが無事に元に戻れる事は優先事項ですからね。それではこれで』
エルナーからの通信が途切れ、ブリッジにいた者達が胸を撫で下ろす。
「いやあ、元の世界に戻っても、地球じゃない惑星に跳ばされたなんて、誰に言っても信じてもらえないでしょうね〜」
「確かに」
「それ以前に軍機扱いになるだろう」
「いや、G関連の情報は更にその上の最高機密扱いになる可能性が高い」
「うわあ、じゃあ誰にも言えないわけか………」
「今言っても信じてもらえないって言ってたじゃないですか」
タクミが思わず呟き、七恵が吊られて小さく笑うが、副長と艦長の言葉に更にぼやきが洩れる。
「G関連のレポートは将官クラスでも簡単には閲覧できない。もっとも今回の件で多少は閲覧許可が下りるかもしれないが」
「今の状況を鑑みるに、見ない方が身のためかもしれませんな」
「亜乃亜さん達に聞けば分かるんじゃないですか?」
「それこそ最高機密だろうけど」
「おじゃましま〜す」
「回覧で〜す」
そんな話をしている中、当の亜乃亜と音羽が情報端末を手にブリッジを訪れる。
「これ皆さんに」「七恵さん達もどうぞ」
手渡された情報端末に書いてある事を読み上げた皆が、顔をしかめたり驚いたりとそれぞれの反応を示す。
「何だねこれは」
「書いてある通りですけど」
副長の問いかけに、音羽はストレートに答える。
「お茶会開催について。明日、各員の交流と慰労を兼ねてお茶会を開催したいと思います。参加は自由、持込その他も自由、各員こぞってご参加下さい………」
「主催はヴィルケ中佐とエリカさんになってますね」
書かれている事をタクミが読み上げ、七恵もそれに続く。
「都合がついたら参加するとヴィルケ中佐に伝えておいてくれ」
「分かりました!」
「艦長、よろしいので?」
「交流と慰労目的とあれば、無下に断るのも失礼だろう」
「それじゃあ伝えてきま〜す」「あと知らせてないのどこだったっけ?」
「あ、僕もちょっと親方と相談を」
騒がしい二人に続けて、タクミも何か作ろうと思ったのか食堂へと向かっていく。
「そう言えば、ミーナさんが部隊でよくお茶会開いていたって言ってましたね」
「それをここでもやろうという訳か」
「考えてみれば、まともに自己紹介している暇も無かったか」
「あ、確かに………」
忙しさのために忘れていた事を今更ながら思い出した七恵が、手を一つ叩くと何かを思いついたのかある作業に取り掛かる。
「どのようなお茶会になるのやら………」
何か一抹の不安を抱いた副長の呟きは、あながち的外れでも無かった。
翌日
茶釜から湧いたばかりの湯が抹茶の入れられた茶碗へと注がれ、無駄の無い手つきで茶が立てられる。
「粗茶ですが」
「いただこう」
お茶の佳華の名の通り、銀渓流茶道の腕を遺憾なく発揮し一切の無駄なく立てられた茶を艦長は受け取り、一口飲むと隣へと回す。
「こんな所で本格的な茶道をたしなめるとはね」
受け取ったジオールが優雅な動作でお茶を飲み、また隣へと回す。
「こういう心得のある人はこちらにはいないわね」
半ば見よう見まねでお茶を受け取ったミーナが残りを飲み干し、空になった茶碗を佳華へと返す。
「いえ、ちゃんと受けてもらえる人がいて嬉しいですわ。まあそちらの方々はともかく」
茶碗を受け取りながら、佳華が茶席の隅、茶道にチャレンジしようとして、その前に足の痺れでギブアップしている面々を横目で見つめる。
「うう、足が……」「なんでお茶飲むのにこんな事しなくちゃいけないの!」「トゥルーデ、手貸して………」
亜乃亜、エリーゼ、ハルトマンが呻く中、仲間達が何とか助け起こして用意されているテーブルへと引きずっていく。
「点心できたアルよ〜」
「紅茶お代わりあります」
「ミルクは?」
「こちらもまだありますよ」
和・洋・中どころか、皆がそれぞれの国のやり方で様々な茶が茶菓子が用意され、皆が思い思いにお茶会を楽しんでいた。
「なんだか、ちとカオスなお茶会だな」
「皆楽しんでいるからいいのでは?」
七恵の提案で、胸に名前や所属部隊、階級か通り名の印刷されたネームプレートを付けた冬后のそばで、宮藤博士が娘の用意したおはぎに口へと運ぶ。
「こういうの付けてると、お見合いパーティーにでも出席してる気がするけどな」
「そちらだとそういう風に見合いをするので?」
「年収聞いてこないだけマシか? いやそうでもないか………」
「これもそれもおいしいですぅ〜」「うんおいしい」「ルッキーニの分も!」
「わあ! ユーリィ食べ過ぎ!」「他の人の分も残して!」「あまり501の恥を晒すな!」
冬后の視線の先、お茶菓子を絨毯爆撃がごとく次々と平らげていくユーリィ、ティタにルッキーニまで加わり、他の者達が慌てて止めに入る。
「なるほど、剣の師は祖父か」
「はい。お父さんも強かったらしいんですけど、私が小さい時に亡くなって………」
「資料で見たが、いい太刀筋をしている。君の祖父の教え方は良かったようだな」
「えへへ、そうですか?」
美緒と音羽が向かい合って剣術談義に花を咲かせる。
「へえ〜、皆さん同じ学校に通ってるんですか」
「うんそう。そう言えばウィッチの人達って学校は?」
「人によりけりですね。退役してから復学する人もいますし」
「私も今大学休学中です」
芳佳、亜乃亜、リーネ、可憐が学業について雑談を交わす。
「芳佳ちゃんは将来お医者さんになるんだって」
「いや〜、家が代々診療所やってるから、その後継ぎたいな〜って」
「立派だよ。私はまだ進路なんて考えてないし」
「私は研究の方に行ってみたいと……しばらくは先の話ですけど」
「むう……結構しっかり考えてるんだ……」
「進路相談だったら聞くわよ〜、一応教員免許持ってるし」
悩む亜乃亜に、後ろのテーブルで舞が声を上げる。
後で光の戦士全員から、あれはダメな例だと教えられ、妙に納得する事となったりした。
「つまり、四機同時運用が条件という事か」
「ええ、それによってソニックダイバーはもっとも性能を発揮するようになってるわ」
「相手が大型中心なら、その運用は間違ってないわね」
「RVは個体性能が高いから、ユニット全機出撃ってのは少ないわ」
「ウィッチの場合は、二機、もしくは三機編成を常としてだな…」
お茶会とは思えない真剣な顔で、バルクホルン、瑛花、ミサキ、エリューが各部隊の戦術運用について論議を重ねている。
ちなみにその周囲では興味深そうに聞き耳を立てる者と、逆に離れていく者とで二分していた。
「う〜ん、教皇の逆位置、これは多様性を意味してるナ」
「うんうん」
「皇帝の正位置、リーダーを意味してる」
「それでそれで?」
「戦車の正位置、勝利の意味ダナ。つまり、皆をまとめて戦う事が勝利に繋がるって事ダ」
「………あの〜、恋愛運とかは?」
「出てないゾ」
「そんな〜! もう一回!」
「ちょっとユナ! 順番よ!」
エイラの座るテーブルには、なぜか行列が出来て、タロット占いの順番待ちとなっていた。
「……なんでこうなってるんダ?」
「タロットが珍しいんだと思う」
「ここまでせがまれたの初めてダ………」
すでにぬるくなっているエイラの紅茶を新しいのに変えながらサーニャが笑い、エイラは渋い顔をしながらタロットをシャッフルする。
「それジャ、次の人〜」
投げやりなエイラの前に、意外な人物が座る。
「あれ、お前カ?」
「うん、お願い」
相変わらず表情の読めないアイーシャに、エイラが首を傾げる。
「占いに興味あるなんて知らなかった」
「興味じゃない。けれどウィッチの能力に興味はある。参考として」
「後で文句いうナヨ。それデ、何を占ってほしい?」
「これから私は何をすればいいのか」
「これから?」
サーニャも小首を傾げる中、エイラはシャッフルしたタロットを並べ始める。
「え〜と………うン?」
タロットをめくり始めた所で、エイラが顔をしかめる。
「どうかした?」
「いヤ………何を言っても怒るナヨ?」
「怒らない」
「そうか………運命の輪の逆位置、これは不運を意味してル」
「うん」
「塔の正位置、トラブルや状況の悪化ダナ」
「うん」
「力の逆位置、無力を意味してル……」
「うん」
「……ここまでひどい結果は見た事が無イ」
「うん」
「ちょっと! なんでアイーシャのがそんなにひどいの!」
ようやく足のしびれから復活したエリーゼが、エイラの占い結果に横槍を入れてくる。
「そんな事言われてモ……」
「もう一回やり直しなさい!」
「いやいい。後ろが混んでいる」
「あんま気にしない方いいぞ〜」
なおも異論を唱え続けるエリーゼだったが、アイーシャはあっさりと席を立ち、後ろのテーブルでどこから用意したのか極彩色のマシュマロを小型コンロであぶっていたシャーリーが声を掛けてくる。
「エイラの占い、当たるかどうか分かんないし」
「……そうなのですか?」
「まあ、当たる時は当たるんだけど、それ以外はどうも曖昧で」
焼けたマシュマロを頬張りながら呟くルッキーニに、マシュマロを串に刺していく飛鳥が首を傾げ、シャーリーは苦笑する。
「……その割には、皆さん並んでますが」
「占いが珍しいんだろ」
「ちょっとまだ〜?」「順番です」「占いってトリガーハートでも見てもらえるんでしょうか?」
種々の目的、もしくは興味本位で順番待ちしている行列に、シャーリーは呆れながらマシュマロの焼き具合を見ようとする。
「これもおいしいですぅ〜」「うん」
なお、余所見した僅かな間に、マシュマロは全てユーリィとティタによって消失していた。
「これをここに…」
「攻め方が甘いです」
「一気に攻めれば!」
「守りが出来てませんよ」
「何をしている、陣形を維持する事を優先すれば」
「戦況の先を読まなくてはなりません」
誰が用意したのか、一つのテーブルにチェス板が三つ、それぞれアーンヴァル、ストラーフ、ムルメルティアが陣取り、それを鏡明一人が相手していた。
「それでは、チェック、チェック、チェック」
「あ」「う」「ぬ」
三人同時にチェックメイトされ、神姫達が声を上げる。
「また負けました………」「そんな〜」「すまぬ、もう一度!」
「いいですよ」
余裕の鏡明相手に、三人の神姫は再戦希望し、そしてまたあっさりと破れる。
「あなた方は戦闘データはあるようですが、それを全然活用出来てません。これがその証拠です」
「完敗です………」「おかしいな〜、途中までは優勢だったのに〜」「誘い込まれたのだ。残念ながら、戦術蓄積は彼の方が圧倒的に上だ」
「3対1でなんて様よ」
途中からそれを見ていたフェインティアが呆れるが、神姫達が一斉にそちらへと視線を向ける。
「そう言われても、やはりデータの蓄積が違います」「なんなら、自分でやってみたら?」「そもそもマイスターはチェスを知っているのか?」
「似たようなのなら、チルダのスタッフがやってたわ。私もやった事あるし」
「ならば一局どうですか?」
「ふふん、見てなさい」
鏡明の誘いに、フェインティアが意気揚々と席に座る。
だが、30分と経たずしてキングが盤上から消えた。
「あれ?」
「悪くはないですな」
「も、もう一回!」
フェインティアの剣幕にギャラリーが集まってくる中、再度対局。
今度は15分と掛からずにキングが消える。
「………なんで?」
「あなたは個々の能力に頼り過ぎです。相互的に駒を使わないと、隙が生じます」
「ぬぬぬぬ………」
「当たってるわね」「こういうゲームは性格が分かるそうだから」「確かにね」
「そこうるさい! もう一回よ!」
後ろで囁いていた瑛花、エリュー、ポリリーナに怒鳴り帰し、フェインティアが駒を並べ直して再戦しようとする。
「そんなに頭に血が上っていたら勝てないわよ」
「血なんて通ってないわよ。生体リキッドなら潤滑してるけど」
「いや、そういう意味じゃなくて。ちょっといいかしら」
明らかに激昂しているフェインティアに替わって、ポリリーナが席へと座る。
「一手お願いしてもよろしいかしら?」
「もちろん構いませんよ」
にこやかに両者の対局が始まる。
的確に駒を進めてくる鏡明に、ポリリーナは守りに徹したかと思うと、即座に攻撃へと転じてくる。
「ほう、なかなかやりますね」
「そちらも」
手堅くポーンを前衛に押し出し、着実に陣形を縮めてくる鏡明に、ポリリーナはルークとナイトで背後を突こうとしていく。
「機動性重視ね」「大胆な打ち方するわね〜」「でも面白いですわよ」「戦術的にはどうかしら?」
いつの間にかギャラリーは更に集まり、瑛花、ミーナ、ジオール、クルエルティアと各部隊のリーダー達がポリリーナの真後ろで真剣にチェス板を見詰めていた。
「そちらに助言しても構いませんよ。私も持てる知識をフルで使わせてもらいます」
「随分と余裕ね」「私達と戦歴が世紀単位で違うでしょうからね」「あの、お幾つなんですか?」「多分、年齢という概念その物が違うと思います」
余裕その物の鏡明に多少の不満と違和感を感じつつ、結局五人がかりで盤上を凝視する。
「そうね、貴女ならどうする?」
「え? あの、私はルールを知ってるくらいで……」
いきなり話を振られて瑛花が困惑しながら、ルークを一つ手に取り、前へと進める。
「なるほど」
鏡明はそれを見るとナイトを動かし、ルークの動きを封じようとする。
「だったら、こうね」
今度はミーナがこちらのナイトで今動かされたばかりのナイトを取る。
「ふむ」
しばし黙考した鏡明は、ビショップを退かせる。
「退くのなら、容赦なく攻めさせてもらいますわね」
ジオールがビショップで敵陣へと切り込む。
「退くのもまた手ですよ、次に攻めるために」
鏡明は空いた穴を逃さず、一気にクイーンを進ませてきた。
「なら、こちらは更に食い込むまで」
クルエルティアがこちらもクイーンを進ませ、相手のキングの間近まで進める。
「機動力に頼りすぎるのは危険ですよ」
すると鏡明は控えておいたポーンで逆にクイーンを狙ってくる。
「だったら、周りでカバーすればいいだけね」
ポリリーナがポーンを前に進ませ、クイーンを狙っていたポーンを取る。
「なるほど、これがあなた方の闘い方というわけですか」
「互いの長所で攻め、足りない所を互いに補う。この前の闘いも、そしてこれからの闘いもそうなるでしょうね」
「これから?」
ポリリーナの一言に、瑛花が僅かに首を傾げたが、他の者は聞き逃すか、もしくはその真意に気付いていたがあえて口には出さない。
対局はその後も白熱したが、戦歴の差を埋めるには至らずに鏡明の勝ちとなった。
「結構いい所までは行ったのだけど……」
「それは認めますよ。もう少し、皆さんの能力をよく理解しておくべきでしょう」
「それは今、やってます」
奮戦の痕跡残る盤上を見つめるポリリーナに鏡明が助言をするが、ミーナは微笑しながら入れなおされた紅茶を口に含む。
ミーナの言葉どおり、他のテーブルでは茶と菓子を手に、それぞれが部隊や時代の垣根を越えて雑談や論議、またはこのテーブルと同じくゲームに熱中している者達の姿があった。
「なるほど、このお茶会は成功のようですね」
「まあ、一部を除いては」
「それは、ひょっとして後ろの事かしら」
「多分………」
ミーナが言葉を濁す中、ポリリーナとジオールがゆっくりと背後へと視線を向ける。
そこには、用意された茶菓子の半分以上を平らげながらも、なおも食欲が衰えないユーリィとティタの姿があった。
「一体どういう消化器してたらあんな……」
「私にも分かりません。ユーリィさんの有機処理能力はトリガーハートよりも遥かに上だという事は確かですけど」
「ティタの方は元からああいう子だから」
「パラレルワールドと言っても、食欲という点は変わらないみたいね」
「追加だよ〜」
「もっと食べられるですぅ〜♪」「いただく」「これも美味しそうだよ♪」「ちょっとこっちの分も残しておきなさいよ!」
マドカが新たに運んできたババロアにいまだ食い足りない面々が群がっていき、各リーダー達はいささか肩身を狭くしつつ、無言で紅茶をすする事となった。
「なるほど。ここ以外でも所属不明の敵機が確認されていたと」
「機械化惑星での攻防が終わって以降、かなり少なくなっているわ。この惑星を拠点にしての侵略、そのための偵察行動と見ているけど」
「そう考えるのが妥当でしょうね」
一つのテーブルを挟み、緋月とミサキが情報交換をしながら、紅茶をすすっている。
だが、両者の雰囲気は他のテーブルとは明らかに違い、ミサキに至っては敵意すら篭った雰囲気を漂わせていた。
「……それで、先程から私を監視している理由はなんでしょうか?」
「分かってるようね。そちらのメンバーのデータは一通り目を通したし、この目で確認もしてる。その中で、一番危険だと思った人物が今目の前にいるわ」
「その理由は?」
「昔の私と同じ目をしてるからよ。命令さえあれば、手段を選ばない人間の目をね」
「………なるほど」
「冬后大佐からも、貴方には気をつけろと言われてるわ。そちらの世界ではそういう判断も必要だったのかもしれないけれど、ここは私達の、そしてユナの世界よ。あまり貴方をこちらに、特にユナには近づけさせたくないの」
「彼女の潜在能力については、確かに興味はありますね」
緋月の一言に、ミサキはティーカップをソーサーに戻すと、ゆっくりとその手が懐にある何かを掴む。
「ご安心ください。今はこちらだけで手一杯ですから。それに、作戦への復帰が最優先目的です」
「……本当にそれだけなら、いいわ」
そう言いながらも、ミサキの手は懐から出る事は無い。
「ねえねえ、ミサキちゃんさっきからあのクールな人とずっと一緒だよね」
「ああいうのが好みなんじゃない? いい趣味とは言えないけどね〜」
「あの、確かに緋月少尉は少し付き合いにくい人ですけど………」
両者に漂う殺気に全く気付かないユナと舞が少し離れたテーブルで話し合うのを、可憐が困った顔をしながら補足する。
一部から妙な誤解を受けつつも、当の二人は茶会が終わるまで、その場を動く事は無かった。
「ま〜ったく、このパーフェクトな私が何だってこんな所でこんな事に………」
「鏡明様は三賢機のお一人ですからね。頑張られた方だと思いますよ」
「残念ながら、戦術理論では私でもマイスターでも敵わない」
チェス惨敗という結果に、テーブルに突っ伏してうなだれているフェインティアに、白香が機械人用のお茶をムルメティアの分も含めて勧めていた。
「ヴァーミスに捕まって以来、ロクな事が無いわ………脱走に成功したかと思えばドコかも分からない宙域に転移するし、原住知性体は妙な連中ばかりだし、いきなり飛ばされたかと思えば偽者は出てくるし………」
「確かに、不運と言えば不運ですけど………」
「で、チルダに戻れる方法はまだ分かんないの?」
「オペレッタさんとも色々調べてみたんですが、まだトリガーハートの皆さんのいた時空の特定は出来ないそうです」
「このまま帰れなかったどうしよ………」
「なら、この星に住んでみてはどうでしょうか?」
いきなりの声にフェインティアが突っ伏したまま顔をそちらに向けると、そこには公務の合間を縫って訪れた玉華の姿が合った。
「玉華様! 今お茶を用意いたします」
「ええ、お願いできるかしら」
白香が慌てて茶器を用意する中、玉華はフェインティアの隣へと座る。
「この星ね〜、確かにここならトリガーハートも目立たない存在かもしれないけど」
「あなたの偽者には随分と手を焼きました。それを撃退してくれたお礼と言うのも何ですが、それなりの役職を用意する事もできます」
「う〜ん、条件としては悪くないかもね。前提条件がアレだけど………」
玉華の出した待遇に、多少立ち直ったフェインティアが腕組みして悩む。
「でも、地球も結構いい所ですよ」
そこへ茶菓子を手にしたエグゼリカが玉華とは反対の席へと座る。
「そお? 正直地球にはあまりいいイメージないんだけど」
「ファーストコンタクトのアレは挑発したマイスターにも非があると思うのだが」
「それだけじゃなくて、色々とね」
「攻龍の人達に聞きましたけど、短い期間、しかも水上船の上だけだと、分からない事の方が多いんじゃないですか? 私と姉さんは地球にいる間に地球が好きになりましたけど」
「そうですね。地球はいい星ですから」
「本当に〜?」
白香の入れた茶を手にしながら、エグゼリカの言葉を肯定する玉華に、フェインティアは大きく首を傾げる。
「疑り深いな、マイスター」
「あんな恥辱にあった星の事好きになれって言われてもね」
「え?」
「いやこっちの話」
攻龍の浴場であった事をすでに冷め始めた茶で強引に飲み込み、フェインティアは一息入れる。
「今後の事を考慮するのは、作戦が完全に終了してからでもいいだろう」
「作戦?」
「それは………」
「いや、何かそう思っただけだ」
ムルメルティアの奇妙な発言に、他の三人は顔を見合わせる事となった。
「皆さん楽しんでいるみたいね」
「お茶会としては成功といった所でしょうか。まあ若干の問題に目を瞑ればですが」
ミーナが誰が持ってきたのか分からない極彩色の奇妙なお茶を平然と飲む中、エルナーが若干の問題(※食い尽くされていく茶菓子や占い結果への異論)をスルーしてミーナへと向き直る。
「順調ならば、早ければ一週間以内に攻龍は元の世界に戻れるかもしれません」
「順調ならば、ね………」
「ええ」
「そうは行かない可能性もある、と取っていいのかしら」
エルナーの言わんとする事を、ミーナの隣の席に座りながらクルエルティアが呟く。
「ヴァーミスとワーム、異なる世界の戦力まで投入して苛烈な攻撃をしかけてきた存在が、ここ最近一切何の活動もしてきません」
「諦めた、とは言えないわね」
クルエルティアの反対隣に、瑛花が座りながら述べた言葉にエルナーが静かに頷く。
「敵の目的が何なのか、そもそも何者なのか、それすら私達には分かりません」
「分かっている事は二つ、G以上にマルチバースへの転移能力を持っている事。そして機械敵性体への強力な干渉能力を持っている事」
ジオールが抹茶の入った茶碗を手に、ミーナの向かい側の席へと座る。
「もう一つある。明らかに我々に興味を持っているという事だ」
ジオールの隣に座りながら、美緒が飛ばされた直後の事を思い出す。
「それならば、私の屋敷が襲撃された事にも説明がつきますわ。ちょうどあの時はエリカ7とお茶会の最中でしたし」
エリカが美緒の隣に座りながら、そばにいたミドリにお茶のお代わりを持ってくるように頼む。
「私達を観察しつつ、攻撃をしかけてきている。目的は分からないけど、私達は前の闘いで総力を出して撃退には成功した」
ポリリーナが手近のテーブルから空いていたイスを引き寄せ、空いているスペースへと座る。
「次に相手が何をしてくるのか、はっきり言ってしまえば想像もつきません」
「ただ一つ、私達を目標にしてくる可能性は高いと言う事だけは確かね」
「それが何か、何が来るのか」
「想像も出来ないわ………」
「正確には想像を上回る事をしてくる、という事では?」
「確かに、私ではもう何が起きるかすら分からないな」
「何が起きるか、ではなくてどう対処するか、ではなくて?」
「何が起きるかも分からないのでは、対処方法も決めようもないわ」
テーブルに座った面々が、全員がうつむいて熟考するが、結論は出ようはずも無い。
「あ、いたいた。ポリリーナ様〜、それに皆さんもユーリィに食べられる前にどうぞ♪」
そこに場の空気を一切読まず、死守してきた茶菓子をユナがテーブルにどさっと置いた。
いきなりの事に皆が呆気に取られる中、ユナはそれを皆の前へと配っていく。
「さあさあ、早く食べないと、ユーリィに見つかっちゃうから」
「………ぷ」「はは」「ふふふ……」
「どうかしたかな?」
「ユナは相変わらずね。今真剣な事話してた所だっていうのに」
誰ともなく思わず吹き出し、やがて一人、また一人と笑いが洩れていく。
ユナが首をかしげる中、エリカも小さく笑いながら説明する。
「今後の対応について、あなたは何か考えてる事は?」
「対応って言われても………どうにかなるんじゃない?」
毒気を抜かれて茶菓子に手を伸ばしながらの瑛花が問うが、ユナの返答に思わず手が止まる。
「どうにか、って何を根拠にしてるのかしら?」
「だって、私達もいるし、芳佳ちゃん達ウィッチも、エグゼリカちゃん達トリガーハートも、それに音羽ちゃん達スカイガールズも亜乃亜ちゃん達の天使の人達も、武装神姫の子達だっているし。これだけいたら、何が来たって怖くないよ♪」
ジオールが優しく問いかけると、ユナは笑いながらそう答える。
しばしの間があった後、全員の口から一斉に爆笑が洩れた。
「あれ? 何か変な事言ったかな?」
「いや、全くの正論だ。私とした事がそんな簡単な事に気付かんとはな」
美緒が一際大きな笑い声を上げながら、ユナの方を見る。
「そうね、これだけの戦力がそろってるのなら、何も怖い事なんて無いわね。せっかくのお茶会だから、難しい話はここまでにしましょう」
「それもそうね」
「そうしましょう」
ミーナが手を一つ叩くと、皆もそれに賛同していく。
「やっぱり、ユナにはみんな敵わないなね」
「ポリリーナ様、何か言いました?」
「なんでもないわ。それじゃあいただくわね」
相変わらず首を傾げているユナに、ポリリーナはどこか安堵しながら、茶菓子へと手を伸ばした。
「う〜む………」
「副長はお茶会に行かないのですか?」
攻龍のブリッジで、当直をしながら何かを見ている副長に、仕事が残っているので早々に切り上げて作業をしている七恵が話しかける。
「私がいてはくつろげんだろう。それに気になる事が有ってな」
「気になる事?」
副長は唸りながらも、録画しておいた武装神姫との質疑応答を何度も見直していた。
(なぜここまで強固にプロテクトを施す必要がある? 敵にも味方にも明かせない何かを神姫達は記録している? それは何だ?)
「御免、少しよろしいだろうか」
そこへ、ブリッジに剣鳳が入ってくる。
「あら剣鳳さん、何か御用ですか?」
「嶋副長に、少し伺いたい事があってな」
「私に?」
「うむ、エルナーから副長が武装神姫について詳しいと聞いてな」
「私が知っているのは、おもちゃの方ですが………」
「それなのだ」
そう言うと、剣鳳は眼前に手をかざして虚空に幾つかのデータを表示させていく。
「これはこちらの技術で武装神姫を解析した結果だが、あえて既存の武装神姫のデータに沿って作られているような痕跡がある」
「つまり、彼女達はオリジナルをオマージュされて作られていると?」
「何者かは分からぬが、武装神姫を作り上げた者は相当な技術力を持っている。だが、あえてこのような形にしたのは何らかの理由があるのでは無いかと思った物でな」
「理由………」
「親しみやすさじゃないですか?」
『!』
脇で二人の話を聞いていた七恵の一言に、二人の老将は虚を突かれたように七恵の方を見た。
「それはどのような意味で?」
「あ、いえ。こちらで初めて武装神姫を見た時、副長が説明してくれなかったら、もっと怪しい物に見えたんじゃないかな〜と思いまして………」
「……言われてみればそうかもしれん。今までその事に気付かなかったとは」
「それともう一つ。これはごく一部の者にしか教えてない事なのだが」
剣鳳はそう言うと、別のデータを表示させる。
そこには、ある複雑な方程式が表示されていた。
「これは?」
「こちらでは馴染みある物、ワープ理論方程式だ。これが武装神姫達のプロテクトの冒頭に書かれていた」
「へ〜、何が何だか全然分かりませんけど」
「これが冒頭にあるという事は、別の意味がある」
「それは?」
「ワープ理論形成初期の頃、ワープの危険を示唆するためにこの方程式を表示していた事があった。つまりこれは、プロテクトへの干渉がなんらかの危険を伴う事を意味してるのかもしれん」
「……そこまでとは」
剣鳳からもたらされた武装神姫の秘密に、副長は思わず絶句してしまう。
だが構わず剣鳳は続けた。
「これらのデータとそちらからの話、総合すれば武装神姫達は次元間に影響を最小限にしつつ、マスターとなった者をサポートする事を目的としているのではなかろうか?」
「理論的にはよく分かりませんが、そうなるでしょうな」
「一体どんな人が作ったんでしょう?」
「こちらを助けようとしている者だという事は分かる。そして」
「そして?」
「プロテクトが解けていないという事は、何らかの対処とも思える。つまり、今後何かが起きる可能性が極めて高いという事かもしれん」
「………素直には帰してもらえないという事か」
「ええ!?」
「あくまで可能性の話だ。有事の際は、我々は全面的に協力しようぞ」
「その時はお願い致します。もっとも起きない方がいいのでしょうが」
そう言いながら副長が差し出した手を、剣鳳が力強く握り返す。
だが、その有事が予想だにしない形ですぐそこまで迫っている事に、気付く者はいなかった………