vol.4
「うわあ……」
次々と紅蓮の炎に彩られていくバイオプラントを窓越しに見た辰美は、ただただ声を漏らすしかなかった。
「総員、負傷の具合及び感染度をチェックしろ」
「一応全員ワクチンは摂取しているが、用心に越した事は無い」
「重傷を負うと、感染度が一気に上がるらしいからな。特にあんたら、大丈夫か?」
生き残った隊員達が各自に状態をチェックしていく中、自然と皆の視線がもっとも激戦を繰り広げた二人に向けられる。
「かすり傷に肋骨がちょっとやられたな」
「オレも傷は深くない。ワクチンも摂取してる」
「一応チェックしなさい。あんた達が感染したら史上最悪の変異体が誕生するわ」
刀の損傷を確認している練と、傷口に止血テープを張っているレオンに鳳鈴が呆れた口調で怒鳴りながら感染度をチェックする機器を持ってこさせる。
「その前に、やっておかなくてはならない事がある」
練が備前長船を手に、ゆっくりとヘリの奥、何かのデータをまとめている二人の博士の前に立つと、切っ先を二人へと突きつける。
「貴様ら、あそこで何をしていた?」
「ちょっと!?」
突然の事に辰美が狼狽し、他の隊員達も驚きながらも一斉に練に銃口を向ける。
「もしあのバイオハザードが貴様らが原因なら、この場で斬る」
無数の銃口を突きつけられながらも、眉一つ動かさずに練は淡々と二人の博士に告げる。
「そこまでよ」
「あ、あの!」
鳳鈴が練の真後ろに立ち、その後頭部にサイレンサー付きの銃口を押し当てる。
辰美が止めようとするが、その場の異様な雰囲気にそれ以上何も出来なくなっていた。
「……知ってたな。あれがあそこで造られている事を」
「詳細確認は出来てないけど、今回の裏でバイオテロを目論むテロリストの存在が確認されてるわ。先遣部隊の調査により、テロリストのスパイによるBOWデータの奪取及び破壊工作の痕跡が発見されたそうよ」
「……この二人は無関係だとでも言うのか?」
「少なくても、今回のバイオハザードに関してはね」
「だが、こいつらがあの化け物を造ったというのは確かだ。どれだけの実験を繰り返した? あれだけの怪物、そう簡単に作り出せる物じゃない」
「証拠は? それに劉博士も蓬山博士もそれぞれの政府が最重要人物として救助要請が出されてるわ。それに逆らえば、タダじゃすまないわよ」
後頭部に押し付けられた銃口に動じず、練と鳳鈴が淡々と言葉をぶつけ合う。
そんな二人の状態に、周囲の隊員や生存者達は張り詰めた空気の中で生唾を飲み込むしかなかった。
「……それがどうかしたか」
「な……」「君……」
そんな絶対的な状態にも構わず、練は白刃を振り上げる。
安全を確信していた二人の博士が思わず絶句し、鳳鈴がトリガーを引こうとした時だった。
「止めときな」
振り上げた練の腕を、レオンが掴んで止めていた。
いきなりの事に練がレオンを刃よりも鋭い視線で睨む。
「邪魔をするな」
「ここでそいつらを殺せば、お前も殺されるぜ」
「こいつらを生かしておくよりはいい」
「今回の件、表向きは資料用のT‐ウイルスがテロリストにより漏洩した事になる。そんなトカゲの尻尾を切った所で、何にもならない」
「こ、この私をトカゲの尻尾だと!?」「訂正したまえ!」
レオンの説得に激昂した二人の博士が声を荒げる中、レオンは練の手を掴んだまま離そうとしない。
「お前の腕、こんな所で失わせたくもないんでな。オレが上に掛け合う。後の事は任せて置け」
「………」
レオンの言葉にしばらく練は無言だったが、やがて緊張を解く。
レオンが手を離すと、練は軽く刃を振るって刀を背中の隠し鞘へと収めた。
「ここはお前の顔を立てよう」
「OK」
ようやく緊張が解けた機内で、全員が一斉に胸を撫で下ろす。
だがそんな中、軽く降った刃が斬った二人の博士の髪の毛を、練が素早く掴んだ事に気付いたのは間近にいたレオンだけだった。
「?」
「日本政府も、とんだ危険人物送ってきた物ね。もう少し使える人間確保しておいた方いいわよ」
「あのレベルの化け物が早々いてたまるか………」
鳳鈴の苦言に、空挺部隊隊長が頭をかく。
当の練はそのまま機内の隅に腰掛ると、腕を組んだまま目を閉じ、傍目には寝ているようだった。
「オン アビラウンケン、ナウマク サンマン……」
その口が小さく呪文を唱えているのに、気付く者はいなかった。
「到着したぞ!」
「消毒準備!」
救援部隊が出発した海洋資源掘削プラントで待ち構えていた検疫部隊が、慌しく準備に取り掛かっていた。
「生存者は20名足らずらしいぞ」
「あれだけデカいプラントでそれか………つくづくT‐ウイルスバイオハザードって恐ろしいな」
「一応全員感染度は許容範囲内、ワクチンで対処済みだそうだ」
検疫部隊の隊員達が口々に騒ぐ中、大型ヘリがヘリポートに降り立ち、素早くそのハッチ周囲に防疫トンネルが設置されていく。
やがて展開したハッチから降りてきた先遣部隊や生存者達が検疫チェックを受けていく。
「うわ、なんだこれ!?」
「問題ない、ちょっとアーマーがえぐれただけだ。中身はそれほどじゃない」
「あの、一応外してもらって……」
「普段ここまで厳重じゃないな」
「普段って………」
外見が一番ボロボロの練と、やけに手馴れているレオンに防疫部隊もどこかビクつきながら、防疫チェックが行われていく。
そんな中、二機のヘリが新たにヘリポートに到着した。
「VIPのお迎えのようね」
「あの、私はどうすれば?」
「後で来るでしょ」
それぞれのヘリに呼ばれて向かっている二人の博士を見た鳳鈴が呟き、辰美は自分を指差すが鳳鈴にすげなく言われてがっくりとうなだれる。
「それじゃあ私は劉博士の警護があるから。サムライに斬られないようにしないとね」
「……本当にいいんでしょうか。劉博士や蓬山博士が、あんな怪物研究してたっていうのまだ信じられないんですけど、それを何のお咎めも無しで………」
「忘れる事をお勧めするわ。もうこんな事に関わる事はないでしょうし」
自分も迎えのヘリへと向かう鳳鈴が、辰美に助言しながら手を振って別れを告げる。
辰美は納得しない様子だったが、その助言は守った方がいいかもしれないと思い始めていた。
(裏の事情、か………)
ふと何気なく辰美は練の方を見た。
一番納得していないであろう人物が、大人しく検疫を受けているのに辰美もなんとか自分を納得させようとした時だった。
練が先程の闘いですら見せなかった、異様に静かな目で二人を見ている事に辰美は気付いた。
そして消毒が施された備前長船を手にその場から少し離れると何かを呟きながら何かを宙に放り、それを白刃で両断するような行動を取った。
「え?」
「うわ!」
「何やってんだあいつ………」
突然の練の行動に周囲にいた者達が驚き、その両断された物が、密かに練が入手しておいた二人の博士の髪の毛だと辰美は知りもしなかったが、直後にヘリの方が騒がしくなった。
「え?」
辰美がそちらを振り向くと、二人の博士が倒れており、周囲の検疫部隊が慌てて救命処置を行っていた。
「おい、劉博士が倒れたぞ!」
「さっきまで元気だったんじゃ……」
「大変だ! 蓬山博士が心臓発作だそうだ!」
「そんな話聞いてないぞ!」
先遣部隊の隊員達も騒ぐ中、辰美はゆっくりと緊張した面持ちで練の方を見る。
そこでは、同じような表情でレオンも練を見つめていた。
「………何をした?」
「緊張から開放されたショック症状だろう。災害現場ではよくあるらしいな」
「………そうか」
練が二人を《呪殺》した事を理解できる者はいなかったが、レオンと辰美だけが練の本当の恐ろしさを理解できた。
(……実家に戻ろう)
何もかもが怖くなった辰美は、最終的にその結論に達していた…………
『国際バイオプラントにおけるバイオハザード処理と派遣エージェントの報告』
先日発生した国際バイオプラントにおけるT‐ウイルスバイオハザードは、完全鎮圧を確認。ウイルス及び感染体の飛散も最小限に食い止められた模様。
しかし安全確認のため、向こう数ヶ月、許せるなら年単位での封鎖及び監視の必要を要請する。
今回のバイオハザード鎮圧及び生存者救出に置いて、かねてより情報のあったアメリカ大統領直属エージェント、レオン・S・ケネディの協力があり、その能力は情報以上の物と断定。
特にその対BOW戦闘能力及び生存能力に置いては驚異的としか表現できず。
かのラクーンシティ生存以降、数多のT‐ウイルスバイオハザードを処理してきたとの情報の確実性を裏付ける物とする。
問題は、日本政府が派遣してきたエージェント、水沢 練の能力に有り。
所属は陰陽寮、日本政府のオカルト部署所属なるも、レオン・S・ケネディ同様、ラクーンシティの生存者との情報が当人から語られる。
日本刀とハンドガンをベースとした独自の戦闘法を用い、その戦闘力は極めて高し。
なれど、その心理構造は極めて独自的であり、剣にかける姿勢や人命優先はサムライ的義侠心にあるも、政府などに対する忠義心は極めて薄く、その行動いかんによっては極めて危険な存在と認識できる。
客観的な観察により、その対BOW処理能力はレオン・S・ケネディに匹敵する物と思われる。
これにより、水沢 練をレオン・S・ケネディ、クリス・レッドフィールドに続く三人目のAAAランクと確定する事を提言する物とする。
また、未確認ながら劉 法英博士及び蓬山 達治博士の急死に関し、水沢 練が何らかの形で関与している可能性あり。
この男が日本にいる限り、日本国内で同様のバイオハザードが発生しても、確実に鎮圧させれると推測される。
その根幹的原因諸共………
報告者 鳳鈴
大通りから少しばかり離れた路地を、一人の少女が歩いていた。
金髪を肩口で切りそろえ、手には最新型のスマートフォンを握った活発そうな白人少女は、先程教えてもらったばかりの住所を地図と照合しつつ、目的地へと向かっていた。
やがて少女の視界に小さな診療所が見えてくる。
そこが目的地に間違いない事を確認した少女は、診療所の門を潜る。
診療所の中で世間話をしながら診察待ちをしていた老人達が、突然入ってきた少女に虚を突かれるが、少女が受付に英語で何かを話しかけるのを見て、先生の知り合いだろうという事で再び世間話へと戻った。
受付をしていた看護士の女性は、かろうじて通じるような英語でなんとか少女の質問に答え、診察室の奥の部屋を指差す。
礼を言いながら少女はその部屋へと向かい、ドアをノックした。
「どうゾ」
中から聞こえてきた英語なまりのある女性の声に先程受付けで聞いた先生の事だと思いつつ、少女はドアを開けた。
「失礼します」
中に入った少女が見たのは、白衣姿で自分と同じ金髪でメガネをかけた若い白人の女性医師と、ベッドにいる男性の姿だった。
「ミズサワ レンさんですね?」
「そうだが、君は?」
「私はシェリー・バーキン。レオンの使いで来ました」
「レオンの?」
妻の運営する診療所に強制入院させられている練が、少女、シェリーの言葉に首を傾げる。
「レオンって誰の事?」
「この間の仕事で一緒になった奴だ」
「ふ〜ん、ちょっとその人にも事情聞きたいんだけど、あなたでもいいかしら?」
そう言いながら女性医師は顔はにこやかに、目は一切笑っていないという恐ろしい表情でシェリーににじり寄る。
「レンったら結構な重傷負って来たのに、何があったのか全然しゃべらないのよね。あなた、何か知ってる?」
「え、いや、その………」
「それくらいにしておけミリィ。状況いかんじゃ誰にだって喋れない事っはある」
「肋骨二本ヒビ入れて、あちこち妙な裂傷だらけで、持って行った刀一本修理に出す程変形させてきてそれかしら?」
助け舟を出したつもりが、逆に妻ににじり寄られる形になった練だったが、口をつぐんでそれ以上は口にしない。
「全くこれだから………」
「あの、レオンに頼まれて、これを持参しました」
微妙に険悪な夫婦を前に、シェリーが恐る恐る小さなアタッシュケースを差し出す。
シェリーはそれにパスコードを打ち込むと、そこから分厚い資料のような物と、封筒が一枚入っていた。
「これは………」
練はその資料を手に取り、目を通していく。
読み進むにつれ、練の目は段々鋭くなっていった。
「この度、製薬企業連合と国際連合が共同で、対バイオテロ専門部隊が設立されます。これはその計画詳細です」
「……つまり、これは国連クラスの機密書類のはずだ。なぜこれをオレに?」
険しい口調で聞く練に、シェリーはアタッシュケースの中に入っていた封筒を取り出す。
「この中には、その部隊へのレオンからの推薦状が入っています。レオンはあなたをその部隊にスカウトしたいそうです」
「スカウト? オレを?」
「はい。レオンは前回の仕事であなたを非常に高く評価しています。この対バイオテロ部隊では現在世界中から人員を発掘中ですが、条件を満たせる人が極めて少なく、ぜひともと……」
シェリーの説明を聞きながら、練は資料をめくっていき、そこに人員の推奨選抜条項を見つける。
(軍なら海兵隊以上か特殊部隊経験者、警察なら対テロ特殊部隊経験者、もしくはT‐ウイルスバイオハザード生還者、か)
「スカウトって、本気? この人、陰陽寮でも危険人物扱いよ?」
「中には露骨に嫌ってる奴も多いしな。前回のは徳治からも釘刺されたし」
「………本当に何してきたの?」
ジト目で妻に睨まれる練に思わず苦笑しながら、シェリーは一枚の名刺を差し出す。
「気が向いたら、こちらに連絡を。レオンからサポートするよう言われてます」
「随分と買ってくれたようだな。それともそこまで人材不足か」
渡された名刺、名前と連絡用電話番号とEメールアドレス以外、何一つ書いていない奇妙な物を見た練が僅かに眉をひそめる中、シェリーの腰のスマートフォンが鳴る。
「あっと、失礼」
シェリーがスマートフォンを手に取り、送られてきたメールをチェックする。
「他に用が出来たので、今日はこれで。後日またうかがいます」
「若いのに、随分と忙しいのね」
「色々あるんです。私も貴方達と同じラクーンシティの生き残りですから」
「え………」
意外な言葉に、女性医師が思わず言葉に詰まった中、シェリーは一礼して病室を出て行く。
「………どういう事?」
「………言わないでおこうと思ったが、言っておいた方がいいかもしれん。実は………」
まだどこか迷いながら、練は前の仕事の事をゆっくりと語り始めた………
「ああクリス、レオンだ。前に探してた人材の件、一人有望なのが見つかった。腕前はオレが保障する。ちょっと変わってるがな。そちらは? そうか、分かった。選抜基準に関しては、あれでもゆるいと思うぜ。……確かにオレ達基準にしたら残らないと思うが……いや、さっきの奴ならクリアできる。すごいぜ、あれは………そうだな、一言で言えば、漆黒のサムライだ。正真正銘のな…………」