vol.2
「救援はまだ来ないのか?」
シェルター内で、誰かが呟く。
「救援部隊の到着予定は過ぎている。恐らく、こちらに向かっているはずだが……」
「食われてなけりゃな」
自衛隊秘匿空挺部隊の隊長の言葉を、中国機密作戦部隊の隊員が遮る。
「このシェルターなら、最悪の状況に備えて数ヶ月は生存が可能だ。幸いな事に感染者もいなかったし、もし発生してもワクチンの準備がある」
科学者の一人がどこか乾いた表情で呟く。
だが、そんな事よりももっと切羽詰った問題があった。
「外は化け物の巣窟だ。ひょっとしたら、救援部隊なんてウソで、ここを消去しようとしてるんじゃ………」
「ラクーンシティのようにか?」
その単語に、全員が反応する。
「だが、ここは一応どこの国の領海にも入ってない。そんな所を攻撃なんてしたら………」
「だからこそ、全てうやむやに出来るんじゃ」
「そ、そんな! じゃあオレ達は!」
「落ち着け、そういう事にはならんはずだ」
「どうしてそう言える?」
皆が混乱する中、何故か落ち着き払っている中国機密部隊の隊長の言葉に、空挺部隊隊長が反論する。
機密部隊隊長は、奥で何かの資料をまとめている一人の科学者を指差す。
「彼は劉博士、我が国の生物工学権威で、ノーベル賞候補にもっとも近いと言われている男だ。我々の最大優先事項は、博士を無事生還させる事にある」
「そっちもか」
空挺部隊隊長は、劉博士の隣で同じように何かをノートPCに打ち込んでいる別の科学者を見る。
「同じ日本の遺伝子工学権威、蓬山博士を生還させる事がこちらの最優先事項だ。国内では遺伝子治療研究なんかで有名人でな」
「お互い、国のトップクラスブレーンを救出しなければならんが、ここから動きようがないか」
「最悪大隊規模、下手したら師団クラスの投入が必要かもしれんな………そんなの動かせるわけがないが」
「隊長!!」
「どうした?」
通信機にかじりついていた兵士が、上擦った声を上げた事に全員がそちらを向いた。
「救援部隊からです!」
「何!?」
「規模は、装備は!」
「どこまで来てるんだ!」
二人の隊長が同時に通信機に詰め寄り、矢継ぎ早に質問を繰り返す。
「ま、待ってください。今……」
『こちら救援部隊、第3シェルター内の先遣隊、応答せよ』
「こちら先遣隊! 現在生存者12名! 内自衛隊4名、中国部隊3名、民間人5名! そちらの人員は!」
『救援部隊は3名、逃げ送れた民間人1名を救出、現在A2ステーションに到着した』
「……すまない、よく聞こえなかった。そちらの人員は?」
『3名だ』
「さ……」「たった三人だと!!?」
予想を遥かに下回る救援部隊の数に、全員が絶句する。
「おい、何かの冗談か!」
「たった三人でどうやってオレ達を救助する気だ!」
『……オレはレオン・S・ケネディ、アメリカ合衆国大統領直属、T‐ウイルス専属エージェントだ』
「レオン・S・ケネディ、あの!?」
「アメリカがあの不死身の男を送り込んだのか!?」
『残る2名もT‐ウイルスバイオハザードの経験、生還者だ。もう直そちらに到着する。脱出の準備を進めて置け』
「…………隊長」
「了解した、その言葉を信じよう」
返答を受け取ったのか、通信が途切れる。
後には、驚愕と疑惑、その入り混じった空気が漂っていた。
「なあ、T‐ウイルスバイオハザードの生還率ってどれくらいだった?」
「ワクチン開発前は、0.1%もあるかどうかと聞いている。その地獄を幾つも渡り歩いた、BOW以上の怪物エージェントが送り込まれたとは……」
「他の二人も、そういう怪物の類って事か」
「総員、脱出準備!」
「装備を確認、弾丸の再配布! 急げ!」
『了解!』
僅かに浮かんだ希望に、二人の隊長が声を張り上げ、残った隊員達も一斉に行動を開始する。
そんな中、レオンの名を聞いた時点で二人の博士の指が止まり、そして何かを始めた事に気付いた者はいなかった………
「取り合えず、生存者の確認は取れた」
「バカ正直に人数教える必要なかったんじゃない? 腰抜かしてないといいんだけど」
「その程度で抜けるような腰なら抜かせておけ。いざって時に抜けられたら厄介だ」
「あの、それじゃあ今抜けてるのはどうすれば………」
辿り付いたモノレールのホーム、足元に数体のゾンビだった物を転がしながら、周囲の状況を確認する救援部隊の三人に、しりもちをついたままの辰美が問いかける。
「ここで待つか?」
「さっきのコンテナの中なら安全よ」
「いやあああ! 置いてかないでぇええ!」
「仕方ない」
レオンと鳳鈴が無情な事を言うのを、辰美が涙ながらに訴える。
それでもそこから動けない辰美のそばへ練は近寄ると、なぜか背後へと回る。
「頭を下げろ」
「?」
「フン!」
「うご!? ぎやああぁぁ!」
訳が分からぬまま上半身を前屈させた辰美の腰に、練が手を当てたかと思うと短い呼気と共に軽い掌底打を打ち込む。
突然の事に辰美が悶絶して前へと倒れこみ、そこへ転がっていたゾンビの死体と向かい合う形となって絶叫と共に跳ね上がってレオンへとしがみ付く。
「よしはまったな」
「いきなり何するんですか!」
「それだけ元気なら問題ないわね。行きましょう」
「ちょっと!?」
「とどまっていれば、そこに転がっている連中の仲間か餌のどちらかだ。動ける限りはもがくのが生存の必須条件だ」
「こんな人達ばっか……」
涙目になりながら、レオンにしがみ付いたまま引きずられるように辰美が歩き出す。
「目的地まではもう少しか」
「え〜と、ここから2ブロック先にあるはず」
「待て」
歩き出してすぐ、練が足を止め他の三人もつられて止まる。
「………妙だ」
「ああ、静か過ぎる」
「これだけ広い場所に、ゾンビの一体もいないのは不自然ね」
「え? え?」
「それに、これを見ろ」
練が道の脇にある物、不自然にある切り株を蹴飛ばす。
「あ!? ここには街路樹の並木があったはず!」
「……食い千切られてる」
「さすがにこんなのは見た事ないな」
元街路樹だった物、その断面がやけに凹凸があるのを見て、練とレオンが首を傾げる。
「他にもあるわよ、ほら」
「ひっ!?」
鳳鈴が別の切り株のそばに転がっていた、ゾンビの物と思われる食い千切られた腕をつまみ上げ、辰美が再度腰を抜かしそうになる。
「なんて断面だ。けど、何に食われた?」
「ゾンビのでも肉食獣の物でもない。かといって折ったり千切ったりした物じゃない」
「融解したわけでもないわね。本当になにかしら?」
切り株と腕、双方の断面を見比べ、同一の物と判断しつつも、それが何による物かが分からない三人が首を傾げる中、口元を抑えながら辰美が向こうを見つめる。
ふとそこで、別の違和感に気付いた。
「あの、向こうに何か………」
「何がある?」
向かおうとしてた先を指差す辰美に、レオンは懐から小型のオペラグラスを取り出してその方向を見る。
するとレオンの眉間に皺がより、表情が厳しくなった。
「何がある?」
「見れば分かる」
そう言いながらレオンからオペラグラスを渡された練がそれを覗き、一目でその目が大きく見開かれる。
「……迂回するか?」
「何があるの」
練が鳳鈴にもオペラグラスを渡し、鳳鈴もそれを覗き込む。
「……その方がよさそうね」
「あの、何があるんですか?」
僅かに何か違和感があるようにしか見えない辰美の問いに、鳳鈴が黙ってオペラグラスを差し出す。
オペラグラスの向こうの通りを見た辰美の視界に入ってきたのは、一面の白い風景だった。
「……雪?」
「違うな、あれは糸だ」
「化け蜘蛛でもいるのか?」
「ラクーンシティで何体かクモの変異体が確認されている。大型の物になると、5mを超える個体もいたそうだ」
「毒を持っている個体もいるらしいわね。他に迂回ルートは?」
「え〜と、右に迂回していけば行けるけど、保安の都合上のゲートがあって、どうしてもあそこの奥に出たはず………」
「仕方ない、何かいないか探ってみる」
辰美の説明で危険地帯と思われる部分を回避しきれない事を悟った練が、懐から呪符を取り出す。
「オン アビラウンケン、招鬼顕現!」
呪符の魚の影となって練の手から零れ落ち、そのまま路面を泳ぐように遠ざかっていく。
「あの、今紙切れが勝手に動いていったような………」
「これが式神という奴だ。しばらく待て」
「便利な特技だな」
「応答に間があるのが不便だけどね」
練が意識を集中させ、式神に力を込める。だがしかし、しばらく経ってから急に表情が険しくなった。
「どうした?」
「式神がやられた、というか食われた……ようだ」
「ええ!?」
「あんなのどうやって食うのよ」
「分からん………」
「迂回するぞ、リスクは減らした方がいい」
険しい表情のままの練に、レオンが即座に迂回を判断。それに異を唱える者はいなかった。
「迂回した先にいるなんて事ありませんよね?」
「それは運次第だな」
「ラクーンシティだと悪い当たりばかり引いてた気がする」
「よく生きてたわね、貴方」
青い顔のままの辰美の問いに、レオンと練が軽口で答え、鳳鈴が呆れる。
だが、図らずもそれは的中する事となった。
目に付く物全てを食い尽くしたそれが、新たな餌を求めて、彼らの向かう迂回ルートに向かっていた………
建物の角から、レオンが鏡を出して向こう側の様子をうかがう。
鏡越しに映ったゾンビに向かい、SIG556の銃口だけをそちらに向けてトリガーを引き、鏡に映っていたゾンビが頭を撃ち抜かれて地面に倒れ伏す。
「クリア、行くぞ」
「こちらにもゾンビの影は無いわ」
「……器用な事出来るんですね」
「T‐ウイルス専属エージェントは伊達じゃないって事だ」
レオンを先頭に、鳳鈴、辰美、殿に練が立ち、一向は迂回ルートを歩いていた。
「……妙だ、どこかから強力な瘴気を感じる」
「それって、何かいるって事ですか?」
「ああ、しかもかなりのが……」
「だが周囲にそれらしいのはどこにも…!?」
練が一際警戒する中、他の三人も周囲を見渡した時だった。
異様な音が、どこから響いてくる。
何かが砕けるような鈍い音が、連続して鳴り響き、全員がその音源を必死になって探す。
「な、なんですかこの音!?」
「多分、これって………」
「何かが、硬い何かを食ってるな」
「骨ごとか、そんな奴はさすがに見た事がないな」
響き続ける異音に辰美がおびえる中、他の三人は己の得物を手に、周囲を探る。
やがて不意に、音は途絶えた。
「食い終わったか」
「満腹になってるといいんだけど」
「いや、瘴気が更に増してきている………上だ!」
「うぐっ!?」
練が叫ぶと同時に、目の前にいた辰美の襟首を引っつかんで大きく後ろに跳び、レオンと鳳鈴もそれぞれ別方向へと跳ぶ。
直後、建物の屋上から巨大な何かが轟音と共に降ってきた。
「こいつは……!」
「オレも初めて見るタイプだ」
「……悪趣味ね」
絶句している辰美を除いた三人の口から、三者三様の感想が洩れる。
それは、全長3mを軽く超える、巨大な芋虫だった。
白い体躯の各所は今まで食った獲物の物と思われる返り血で赤黒く染まり、練の方へと向いている口の端には、食い残しと思われる人の手と呪符の破片がこびり付いている。
もっとも異様なのはその頭部で、体の前部分に、目らしき模様と食事用とは別らしい口が付いた頭部のような物が、各所に無数に付いている。
その異様な怪虫の姿に驚いたのも一瞬、次の瞬間には三つの銃口が向けられ、同時にトリガーが引かれた。
記せずして、三人の一斉射撃が怪虫に集中する。
凄まじい銃声が鳴り響き、怪虫の全身に次々弾痕が生じていく。
それぞれが1マガジン分全てを撃ちつくし、全員が素早くマガジンを交換、再度怪虫に銃口を向けてダメージの有無を観察する。
「動いたらまた叩き込め」
「言われなくてもそうするわ」
「無傷という事はないだろうが……」
硝煙が晴れ、そこから全身の弾痕から黄色く濁った体液を垂れ流す怪虫の姿が露になる。
だが怪虫はそれだけのダメージを感じていないのか、無数の頭部を蠢かせ、周囲を見回す。
「撃て…」
「待て、よく見ろ!」
レオンが再度トリガーを引こうとした時、練が制止、その理由を皆が遅れて気付いた。
「傷が、塞がっていく!?」
「なんて再生力だ………」
「うそ、じゃあこれやっぱり………」
体液を垂れ流していたはずの怪虫の弾痕が、皆の目の前で見る間に塞がっていく。
塞がっていく傷から押し出された弾丸が次々と路面に転がり、湿った金属音を立てた。
その様子を見ていた辰美が、震えながらある核心を持って怪虫を指差す。
「それ、この生物実験棟で飼っていたカイコです!」
「カイコ………だと?」
「これのどこが…」
辰美の指摘に、練と鳳鈴が思わず問い返した時、突然怪虫の無数の口から一斉に白い糸のような物が噴出される。
「避けろ!」
「はああぁぁ!」
レオンと鳳鈴が更に距離を取る中、練は逆に前へと踏み出し、瞬時に抜刀して高速の連撃で吐き出された物を次々と斬り捨てていく。
「光背一刀流、《光乱舞》」
噴出が収まり、練の周囲に斬り捨てられた物がゆっくりと舞い落ちていく。
その内の一つを手に取った練の顔が、僅かに怪訝な表情を浮かべた。
「粘性も毒性も無い……ただの糸?」
「シルクの大放出とは、随分と気前のいい芋虫ね」
「も、元々宇宙空間での有機繊維抽出目的用に遺伝子改造された品種です。ただ、こんな巨大じゃ………」
「ただの糸を吐くだけの芋虫がここまでデカくなるはずがない。何かあるぞ」
「ああ」
鳳鈴も足元の糸を掴み、それが確かにシルク繊維である事を確かめ首を傾げる。
糸を吐き出した後、周囲を確認するような挙動を見せる怪虫にレオンと練は更に警戒を高め、相手の挙動を見守る。
「それで、他に特徴は?」
「………えと、原型ほとんど留めてないので、はっきりとは言えないんですけど…」
「来た!」
練の問いに呆然としていた辰美が答えようとした所で、怪虫が突如として鳳鈴の方へと動き出す。
その外見と巨体に似合わぬ高速で一気に近寄ってくる怪虫に向けて、鳳鈴がM39を連射しながら横へと跳ぶ。
的確に頭部らしき場所を次々撃ち抜きながら怪虫を回避しようとした鳳鈴だったが、突然そこでバランスを崩して転倒しかける。
「!?」
「止まるな!」
自分自身に何が起きたか分からない鳳鈴が、たたらを踏みながらバランスを取ろうとするが、そこへレオンが叫びながら援護射撃でこちらに注意を向けようとする。
鳳鈴はそのままむしろ逆にバランスを崩し、地面を転がって怪虫を回避する。
転がった勢いで片膝をついて起き上がった鳳鈴だったが、そこで全身に付着している糸に気付いた。
「シルク………分かったわ! このシルクは奴のトラップよ!」
「! そうか!」
「なるほどな」
「え? え?」
一瞬で理解したレオンと練だったが、辰美は何か分からず、自分の足元に吐かれたままの糸を踏んでみ、それがすごく滑らかな事を確認する。
「クモの巣の逆だ。相手を絡め取るのではなく、滑らせて動きを封じる」
「滑って動けなくなった獲物を捕食、随分とよく出来た家畜だな」
「そんな性質持ってませんでしたよ!? 確かに宇宙空間飼育用に雑食性持たせる実験はしてましたけど……」
「T‐ウイルス感染により、種としての特質その物すら変わる。よくある事だ。ゾンビはこうなれなかった連中の成れの果てでしかない」
「化け物に変わりは無い」
「同感ね」
三人が再度動きを止めた怪虫に用心しながら、周辺に撒かれた糸の位置を確認する。
だがそこで、再度怪虫が糸を吐き出し始める。
「させるか!」
練が一気に間合いを詰めつつ、一度刃を鞘へと収め、体勢を低くしながら大きく右足を踏み込む。
「はああぁ!」
そこで気合と共に一気に下段に抜刀、さらにそこで体全体を捻り、下段から刃が螺旋状の軌道を描く。
動きは止まらず、練は体を旋回させていき、刃の竜巻が吐き出される糸を次々と切断、怪虫の周囲に切れ端となって降り積もっていく。
「光背一刀流、《光螺旋》」
都合怪虫の吐き出した糸の半分が、練の刃によって怪虫の周辺に降り注ぎ、それを見ていたレオンが腰の手榴弾に手を伸ばす。
「糸から離れろ!」
レオンが叫びつつ、赤くペイントされた焼夷手榴弾のピンを口で引き抜き、怪虫へと投じる。
その言葉に機敏に反応した鳳鈴は素早く後ろに下がり、練も片袖で顔面をかばいながら大きく後ろへと飛び退いた。
きっかり五秒後、投じられた焼夷手榴弾が炸裂、爆発と共に炎を撒き散らし、周辺の糸に引火、怪虫もろとも火達磨にしていく。
「お化けカイコの丸焼きね」
「食欲はそそられんな」
「あの、一応食用仕様も考慮されていたはずなんですけど………」
「誰が食うんだ………」
糸の引火性が高かったのか、完全に炎に包まれた怪虫をそれぞれが勝手な感想を述べた時だった。
突然の火達磨の怪虫から炎の帯が噴き出す。
それが吐き出された糸に引火した物だと即座に気付いた三人がとっさにその軌道から飛び退き、突然の事に硬直してしまった辰美をレオンが後ろ手に押し倒して伸びてきた炎の帯を回避させる。
「きゃあぁ! なんかすごい事になってますよ!?」
「悪あがきだ! このまま燃え尽きれば…」
「いや………」
喚きまくる辰美にレオンが思わず怒鳴り帰すが、練の目は炎に包まれながら動き出した怪虫の姿を捕らえていた。
炎に包まれながら、怪虫は予想外の速度で動き回り、その体からまだ燃えている肉片が次々と剥がれ落ちていく。
その数はどんどん増えていき、怪虫が大きく弧を描くような軌道でこちらに戻ってきた時には、炎は肉片と共にほとんど剥がれ落ち、そして肉片が剥がれた場所にはすでに新しい肉が盛り上がり始めていた。
「……なんて再生力だ、こんなのは滅多にいない」
「確かに」
「で、どうするの?」
「肉片にすればいいだろう」
「そうだな」
撃っても燃やしても再生する怪虫に対し、レオンと練は己のありったけの得物を構え、臨戦態勢を崩さない。
派手に燃えていた糸はもうすでに燃えつき始めており、後には焦げた異臭が漂っていた。
「火気はこちらが不利になるだけか………やはり斬り刻むしか」
「それじゃダメです! もしあれが実験中のカイコだったとしたら、細胞再生活性化制御のための副脳があるはずです!」
辰美が叫んだ内容に、三人は一斉に辰美の方に振り返る。
「それで、それはどこにある?」
「副頭部にあるはずなんですが………」
「まさかあれ全部じゃないだろうな?」
レオンの指摘に辰美が考え、練が怪虫の多数ある頭部のような物を指差す。
「それは多分ありません。あれだけの副頭部に全部あったら、逆に神経パルスが混乱するので、恐らく初期のままであの中のどれか三つにあると………」
「最初から頭三つはあったわけだ」
「随分と増えてるわよ?」
「どうやってその三つを見つけるか……ギリシア神話にいたな、そんな怪物」
「それになぞらえて、《ヒュドラ》って呼ばれてました………」
怪虫ヒュドラに向けて、三人は得物を構えたままゆっくりと包囲する。
「相手が虫では、注意を引かせて反応を見るという手も使えないか……?」
「やはり、全部を攻撃すれば……」
「重火器がいるわね、持ち合わせは?」
弱点があっても、それがどこか判断する方法が無い事に三人が警戒しながら攻撃態勢に入ろうとした時、ヒュドラが一気に動く。
まるで突撃するような勢いで、正面の練へと向かっていくヒュドラに、練は横に飛びながらサムライエッジを連射、幾つもある頭部に弾痕を刻むが、その勢いは衰えない。
「虫相手ではホローポイント弾は無駄か!」
「効いてないはずはない! 攻撃しながら探れ!」
レオンもヒュドラの背後から銃撃を加え、その再生の様子を凝視する。
だがヒュドラは横へと跳んだ練を追いかけるように急角度で進行方向を変え、再度練が動く前にその体を弾き飛ばす。
「くっ!」
「ああっ!」
「大丈夫か!」
数百kgはありそうなヒュドラの体当たりをまともに食らい、練の体が軽々と飛ぶ。
だが地面にぶつかる前に練は転がって受身を取り、平然と起き上がる。
「相手の足元を滑らせ、体当たりで動けなくしてから捕食、か。虫とは思えない狩猟方法だな」
「派手に飛んでたわよ、無事?」
「問題ない、威力は殺せた。対策も万全だ」
鳳鈴が問うてくるのに、練は弾き飛ばされた拍子に口から滲み出した血を拭い、ついでに袖をまくってその下にある鈍く光るプロテクターを見せる。
「………その下、何着てるんです?」
「ケプラー混合の装束に特注チタンプロテクター、ついでに衝撃緩和スーツだ。前は派手にやられたから、全て対策しておいた」
「何kg着てるのよ?」
「鎧武者よりは軽い」
「というか、さっきから糸踏みまくってるのに、なんで走れるんです?」
「濡れた和紙の上を破らず動く要領だ」
見た目以上の重武装の練に女性陣が呆れる中、ヒュドラが方向転換して今度はレオンに向かって突撃していく。
「危ない!」
辰美が思わず叫ぶが、レオンはその場から動かず、SIG556を構えてフルオートで迎え撃つ。
正面から無数の銃撃を食らい、蜂の巣になりながらも向かってくるヒュドラに、レオンはまったく動こうとせず、ぶつかる瞬間むしろ前へと跳び上がる。
そのまま真下を通り過ぎていくヒュドラに銃撃を叩き込み続け、ちょうどマガジンが空になった所でヒュドラが通り過ぎ、レオンは空のマガジンをイジェクトしながら着地する。
「す、すごい………」
「ダメだな、どれが本物か分からねえ」
辰美が呆然とする中、新しいマガジンを叩き込みながら、レオンが呟く。
「見分ける方法が、何かあれば………」
鳳鈴も攻めあぐねる中、ヒュドラが再度糸を吐き出す。
「離れろ!」
「また……!」
レオンが叫び、鳳鈴も悪態をつきながら離れようとした時、ふと吐き出される糸にわずかながら色が違うのがある事に気付いた。
「まさか……」
どこか金色を帯びた糸を吐く頭部に、鳳鈴は狙い済ました銃撃を撃ち込む。
途端に糸の噴出が収まり、ヒュドラは鳳鈴へと突撃していく。
「そうくるわけね」
鳳鈴はバックステップで下がりながらも、服の裾に隠しておいた小さな円盤を滑らせるように地面へと投じる。
ヒュドラは猛烈な勢いで鳳鈴へと向かっていくが、そこで先程の円盤、小型の感知地雷が反応し、爆発と共にその巨体が横転した。
「分かったわ! 僅かに変色した糸を吐く頭部が弱点よ!」
「そうか、だが……」
「どう狙う?」
鳳鈴の言葉に、レオンと練が先程の糸の噴出の勢いを思い出す。
「あの噴出の隙を狙い、違う糸を吐いている頭部を攻撃する、か」
「一人一つでどうだ?」
「いいわよ、どれかまでは確認しきれなかったけど、ちょうど左右中央の三つぽかったわ」
「オレが動きを止める。左を狙おう」
「じゃあオレは右だ」
「となると、私が中央ね」
三人は同時に頷くと、一斉に動いた。
レオンが牽制のためにフルオートでヒュドラに銃撃を叩き込みながら地面の糸を避けつつ大きく右へと回り込み、練は白刃を手に左へと回り込む。
鳳鈴は先程銃弾を撃ち込んだ頭部がすでに再生を始めているのを確認しつつ、銃口を正確にそこへとポイント。
「はああぁ!」
左からそのままヒュドラの背後へと回り込んだ練が、裂帛の気合と共に白刃を逆手に構えて持ち上げ、ヒュドラの尾を地面ごと縫い止める。
「来るぞ!」
動けなくなったヒュドラがその場でもがき始め、無数の頭部の口が一斉に開く。
そこから一斉に糸が周囲へと噴き出す中、その中の僅かに色の違う三つをそれぞれが見つけ出した。
鳳鈴の狙い済ましたM39の三斉射が中央の頭部を、素早く抜かれたレオンのデザートイーグルから撃ち出された50AE弾が右の頭部を、地面を転がりながら糸を回避した練がサムライエッジで極至近距離から左の頭部を、撃ち抜いた。
ヒュドラが空気をきしませるような奇怪な絶叫を吐き出し、その体が痙攣を始める。
「五行相克、滅!」
地面から跳ね上がった練が呪文を唱えつつ、柄を掴むとヒュドラの尾を縫い止めていた白刃をそのまま一気に抜き放ち、ヒュドラの巨体を両断する。
僅かに繋がった尾を残し、両断されたヒュドラがしばらく激しい痙攣を起こしてその場を跳ね回るが、やがてその動きは弱くなっていき、そして力尽きた。
「やったか」
「ああ、崩壊が始まってる。もうこれ以上成長する事はない」
「三人いてよかったわね、でないと倒せなかったわ」
「た、助かった〜………」
練が白刃をいまだ構えたまま警戒するが、動かなくなったヒュドラの遺体が、細胞的限界を超えて一気に崩れていくのを確認したレオンがデザートイーグルをホルスターに戻す。
鳳鈴も一息ついてマガジンを交換し、安堵したのか辰美はその場に崩れるように座り込んだ。
「悪いが、休んでる暇は無いぜ」
「目的のシェルターまですぐそこのはずだな」
「そ、そうでした………」
「急ぎましょ、二匹目がいないとも限らないから」
「ええ!?」
「ゴジラじゃあるまいし………」
激戦を終えた四人は、休み間も無くその場からシェルターへと向かう。
だが、その光景を余さず観察してるカメラの存在が有った………
《変異体X‐13、殲滅確認》
《観察対象者S‐1から3、戦闘力を上昇修正》
《最終試験、T‐R2、T‐R3覚醒シーケンス開始》
観察者は、静かに覚醒シーケンス発動のためにエンターキーを叩いていた………